廣田家住宅長屋門とは
廣田家住宅長屋門は、兵庫県尼崎市上坂部2丁目にある明治後期(1898〜1912年)の長屋門で、令和3年(2021年)6月24日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「ひろたけじゅうたくながやもん」。
文化庁の記録では、構造は木造平屋建、瓦葺、建築面積30平方メートルで、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とされる。登録番号は28-0762である。
廣田家住宅長屋門は、敷地南辺の東西に通る道路に面して建つ。門の西には南塀が接して延び、屋敷の表の顔をつくっている。
構造と間取り
規模は桁行3間半、梁間2間半。屋根は切妻造の桟瓦葺である。西半を門口、東半を物置とし、門口は板戸の両開き、東の袖に潜戸を設ける。
壁は正面の腰を竪板張、上部を黒漆喰塗とし、背面は白漆喰に塗り分ける。なお、尼崎市の登録文化財一覧では長屋門の構造を「土蔵造二階建」と記しており、文化庁の「木造平屋建」と食い違っている。ここでは文化庁の記録に従った。
登録有形文化財としての価値
文化庁は、廣田家住宅長屋門を、旧家の格式ある表構えを見せる建物として評価している。長屋門は門と物置や部屋を一棟にまとめた門で、村の上層の家の構えを外に示すものだった。代々庄屋を務めた廣田家の場合も、通りに向けた黒漆喰の正面がその役割を果たしている。
見どころ
廣田家住宅長屋門は、通りの側と屋敷の側とで壁の色が違う。通りに面した正面は、腰を竪板張、上部を黒の漆喰塗とし、引き締まった表情を見せる。屋敷の内側に向く背面は白漆喰で塗り分ける。外に向けては重々しく、内に向けては明るく仕上げた使い分けである。
門口は両開きの板戸で、普段の出入りには東の袖に設けた潜戸を使う。大きな扉を閉じたまま人だけが通れる仕組みで、扉と潜戸の組み合わせは南面の写真(文化庁データベース)で確かめられる。東隣から西へは南塀が延び、門と塀が一続きの表構えになっている。
見学について
廣田家住宅長屋門は敷地南辺の道路に面して建つが、個人の住宅の門で、門をくぐって敷地に入ることはできない。尼崎市は廣田家住宅の一般公開を行っていないとしている。道からの見え方は現地で確認していないため、南面の外観は文化庁データベースの写真で確かめるのが確実である。
Q&A
- 廣田家住宅長屋門とはどのような建物ですか?
- 敷地南辺の通りに面して建つ明治後期の長屋門です。桁行3間半・梁間2間半の切妻造桟瓦葺で、西半に門口、東半に物置を設けています。
- 廣田家住宅長屋門の壁はなぜ表と裏で色が違うのですか?
- 正面は腰を竪板張、上部を黒漆喰塗、背面は白漆喰で塗り分けています。文化庁は旧家の格式ある表構えを示すものとしています。
- 廣田家住宅長屋門の構造は木造ですか、土蔵造ですか?
- 文化庁のデータベースは木造平屋建としています。尼崎市の一覧では土蔵造二階建と記されており、資料によって書き方が異なります。
- 廣田家住宅長屋門は見学できますか?
- 門をくぐって敷地に入ることはできません。個人の住宅で、尼崎市は一般公開を行っていないとしています。
- 廣田家住宅長屋門が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 令和3年(2021年)6月24日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 廣田家住宅長屋門(ひろたけじゅうたくながやもん) |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県尼崎市上坂部2丁目162 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)6月24日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積30平方メートル、桁行3間半・梁間2間半 |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし(個人の住宅) |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「廣田家住宅長屋門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013859
- 文化遺産オンライン「廣田家住宅長屋門」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/542598
- 尼崎市「廣田家住宅(ひろたけじゅうたく)」(尼崎の登録文化財、歴史博物館)
- https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028313/1028798.html
最終更新日: 2026.10.19