森松家住宅主屋とは

森松家住宅主屋は、兵庫県尼崎市武庫之荘東にある旧西富松村の庄屋屋敷の母屋で、江戸末期(1830〜1867年)の建物として平成21年(2009年)に国の登録有形文化財に登録された。

森松家住宅主屋は屋敷の西の辺に建ち、南隣の長屋門とともに屋敷の表を構える。規模は桁行18メートル、梁間15メートル、建築面積263平方メートルで、屋敷の12件のうち最も大きい。文化庁の登録では木造平屋建とされ、内部にはつし2階と呼ばれる天井の低い2階がある。東側には仕切塀が付属する。

庄屋の母屋として

森松家住宅主屋は、登録有形文化財のうち「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、重厚なつくりに庄屋の家の面影が残る大型の住宅と評している。

尼崎市は、この主屋を江戸時代末期に移築して建てたものと説明している。どこから運んだのか、移す前の建築年代がいつなのかは、公開されている資料からは分からない。

森松家が庄屋を務めたのは江戸時代後期から明治初期にかけてで、主屋が現在地に建った時期は、その庄屋の時代のさなかにあたる。村の用向きを扱った家の母屋として、森松家住宅主屋を読むことができる。

漆喰の波頭と起りのある大屋根

森松家住宅主屋の屋根は入母屋造で、妻入とし、桟瓦葺で葺く。大屋根の周りには下屋をめぐらせ、屋根面にはゆるやかな起りをつけて、ふくらみのある輪郭にしている。

壁の仕上げにも目を向けたい。主体部の外壁に加え、軒まわりや妻壁まで漆喰で塗り込めてあり、木部をほとんど見せない。隅柱の部分には漆喰で波頭の文様を盛り上げて表している。

尼崎市のページには主屋南側の外観写真が載っている。白い壁面と入母屋の妻の組み合わせが、森松家住宅主屋の第一印象を決めている。

森松家住宅主屋の見学

森松家住宅主屋は個人の住まいの一部で、内部は公開されていない。敷地の西の辺に建つため、西側の道から外観の一部が見える位置にあるが、どこまで見えるかは現地で確かめていない。

隅柱の波頭文様のような細部は、道から眺めるには距離がある。撮影は公道からにとどめたい。屋敷全体への行き方は、森松家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q森松家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸末期(1830〜1867年)です。尼崎市は、江戸時代末期に移築して建てたものと説明しています。
Q森松家住宅主屋はどんな建物ですか?
A入母屋造・妻入・桟瓦葺の大型住宅で、建築面積は263平方メートルです。登録上は木造平屋建ですが、内部につし2階があります。
Q森松家住宅主屋が登録有形文化財になった理由は?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、平成21年(2009年)に登録されました。庄屋の家の面影を残す重厚な住宅と評価されています。
Q森松家住宅主屋の外観で注目したい点は?
A軒まわりや妻壁まで漆喰で塗り込めた壁と、隅柱に漆喰で表した波頭の文様、起りをもたせた屋根の輪郭です。
Q森松家住宅主屋の中は見学できますか?
Aできません。森松家住宅は個人住宅で一般公開されていないため、見られるのは道路からの外観に限られます。

基本情報

名称森松家住宅主屋
所在地兵庫県尼崎市武庫之荘東1-105他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成21年(2009年)登録
員数1棟
寸法建築面積263㎡(桁行18m・梁間15m)
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観は道路から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)森松家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007775
文化遺産オンライン 森松家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/183986
尼崎市 森松家住宅(尼崎の登録文化財)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028313/1028789.html

最終更新日: 2026.09.30