上原家住宅南蔵とは

上原家住宅南蔵は、兵庫県尼崎市長洲本通3丁目にある旧中長洲村の庄屋屋敷の南東の隅に建つ土蔵造平屋建の蔵で、明治時代前期に建てられ、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に登録された。

上原家住宅南蔵は敷地の南東の隅で西を向いて建つ。屋根は切妻造の本瓦葺。建築面積は文化庁のデータベースで60平方メートル、尼崎市の一覧では60.16平方メートルとされる。

文化庁の年代は「明治前期/昭和61年改修」で、西暦では1868年から1882年に建ち、1986年に改修されたことになる。上原家住宅の6棟で、改修の年が登録情報に記されているのは上原家住宅南蔵だけである。

上原家住宅南蔵の規模をめぐる数値の食い違い

文化庁の解説文は、上原家住宅南蔵の規模を桁行11メートル、梁間9.7メートルと記している。この2つを掛け合わせると約107平方メートルになり、登録上の建築面積60平方メートルとは大きく離れる。

尼崎市の一覧も建築面積を60.16平方メートルとしていることから、面積の値は2つの資料で一致している。食い違っているのは桁行・梁間のどちらかである可能性が高いが、どちらが正しいかは公開資料からは判断できない。この記事では両方の数値をそのまま記録し、上原家住宅南蔵の正確な規模は確認待ちとしておく。

海鼠壁と軍配模様の戸が見どころの上原家住宅南蔵

上原家住宅南蔵の外壁はモルタル塗りで、腰の部分を海鼠壁にしている。四角い平瓦を貼って目地を漆喰でかまぼこ形に盛り上げる仕上げで、蔵の足もとを雨や汚れから守る。

もう1つの見どころは、西側の出入口に立てた引戸である。戸の表は漆喰塗りで、軍配のような模様を浮かび上がらせている。軍配は武将が采配に用い、いまは相撲の行司が手にする団扇形の道具で、その輪郭を蔵の戸に塗り出した意匠になる。

上原家住宅南蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、上原家住宅南蔵が落ち着いた庭の空間に趣を添えていると評価している。西を向いた出入口は庭に面しており、軍配模様の戸は庭の側から見る意匠である。

上原家住宅南蔵の見学

上原家住宅南蔵を含む上原家住宅は個人の住まいで、敷地にも内部にも入れない。

上原家住宅南蔵は敷地の奥、南東の隅にあり、見どころの軍配模様の戸は庭に向いている。道路から見えるかどうかは確かめられておらず、外から見るのは難しいと考えておいたほうがよい。撮影は公道から、住む人の暮らしに配慮して行いたい。屋敷への行き方は上原家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q上原家住宅南蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは明治前期(1868〜1882年)の建築で、昭和61年(1986年)に改修されています。
Q上原家住宅南蔵の戸にある模様は何ですか?
A西側の出入口の引戸を漆喰塗りとし、軍配のような模様を表しています。
Q上原家住宅南蔵の外壁はどんな仕上げですか?
Aモルタル塗りで、腰の部分を海鼠壁としています。
Q上原家住宅南蔵の大きさはどのくらいですか?
A建築面積は60平方メートル(尼崎市の一覧では60.16平方メートル)です。文化庁の解説文は桁行11メートル、梁間9.7メートルとしていますが、面積と合わないため確認が必要です。
Q上原家住宅南蔵は見学できますか?
Aできません。上原家住宅は個人の住宅で、尼崎市は一般公開を行っていないとしています。南蔵は敷地の奥にあります。

基本情報

名称上原家住宅南蔵
所在地兵庫県尼崎市長洲本通3-60
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)登録
員数1棟
寸法建築面積60㎡(文化庁解説文は桁行11m、梁間9.7mとするが面積と合わない)
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観は道路から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)上原家住宅南蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008517
文化遺産オンライン 上原家住宅南蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/213833
尼崎市 上原家住宅(尼崎の登録文化財)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028313/1028795.html

最終更新日: 2026.10.01