上原家住宅主屋とは

上原家住宅主屋は、兵庫県尼崎市長洲本通3丁目にある旧中長洲村の庄屋屋敷の母屋で、江戸時代末期に建てられ、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に登録された。

上原家住宅主屋は角地の敷地の北の辺に建つ。木造平屋建で、桁行14メートル、梁間10メートル。屋根は切妻造の桟瓦葺で、正面と背面に下屋を張り出す。建築面積は文化庁のデータベースで138平方メートル、尼崎市の一覧では138.27平方メートルとされる。尼崎市は、棟と平行な面に入口を開く平入の建物と説明している。

年代について、文化庁は「江戸末期」とし、西暦欄には1830年から1868年の幅を記す。上原家住宅の6棟のなかでは、江戸後期の米蔵に次いで古い。

上原家住宅主屋の間取りと2本の大黒柱

上原家住宅主屋の内部は、西の端が土間で、それ以外が床の上がった部屋になる。床上は六間取とする。

文化庁の解説がとくに書き留めているのが、大黒柱を2本立てていることだ。大黒柱は民家の骨組みの中心になる太い柱で、一般には家の中心を示す1本として扱われる。それを2本立てているところに、部屋数の多い大きな構えがうかがえる。

東側には納屋がつながり、その2階の座敷へは上原家住宅主屋から階段で上がる。母屋と納屋の2階が内部で結ばれている点も、平面を見るうえでの手がかりになる。

「造形の規範」として登録された上原家住宅主屋

上原家住宅の6棟のうち、登録の基準が「造形の規範となっているもの」とされたのは上原家住宅主屋だけである。ほかの5棟はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。尼崎市は上原家住宅主屋を、この地方の伝統的な民家の形式によるものと紹介している。

外まわりでは壁に目が行く。外壁は漆喰で塗り込められており、文化庁はその重厚な外観に庄屋の風格が表れていると評する。前後に下屋を出した平屋の大屋根と、塗り込めた壁の組み合わせが、上原家住宅主屋の外観の要点といってよい。

上原家住宅主屋の見学

上原家住宅主屋はいまも住まいとして使われており、内部は公開されていない。敷地にも入れない。尼崎市が紹介に載せている写真は上原家住宅主屋の南側、つまり敷地の内側から写したものである。

文化庁の解説によれば、上原家住宅主屋の東につながる納屋の背面は路地に面している。外から上原家住宅主屋を見るとすれば、北側の路地か西の道からになるが、どこまで見えるかは現地で確かめていない。撮影は公道から、住む人の暮らしに配慮して行いたい。屋敷への行き方は上原家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q上原家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸末期とされ、西暦欄は1830年から1868年です。上原家住宅の6棟では米蔵に次いで古い建物です。
Q上原家住宅主屋の間取りはどうなっていますか?
A西の端が土間で、床上は六間取です。大黒柱が2本立っているのが特徴として挙げられています。
Q上原家住宅主屋が登録有形文化財になった理由は何ですか?
A平成23年(2011年)に「造形の規範となっているもの」として登録されました。上原家住宅の6棟でこの基準によるのは主屋だけです。
Q上原家住宅主屋の大きさはどのくらいですか?
A木造平屋建で、桁行14メートル、梁間10メートル、建築面積は138平方メートル(尼崎市の一覧では138.27平方メートル)です。
Q上原家住宅主屋は見学できますか?
Aできません。上原家住宅は個人の住宅で、尼崎市は一般公開を行っていないとしています。内部も公開されていません。

基本情報

名称上原家住宅主屋
所在地兵庫県尼崎市長洲本通3-60
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)登録
員数1棟
寸法桁行14m、梁間10m、建築面積138㎡
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観は道路から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)上原家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008514
文化遺産オンライン 上原家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/218650
尼崎市 上原家住宅(尼崎の登録文化財)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028313/1028795.html

最終更新日: 2026.10.01