上原家住宅米蔵とは

上原家住宅米蔵は、兵庫県尼崎市長洲本通3丁目にある旧中長洲村の庄屋屋敷の西の辺に建つ土蔵造2階建の米蔵で、江戸時代後期に建てられ、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に登録された。

上原家住宅米蔵は敷地の西の辺の中ほどにあり、南側で門とつながる。桁行4.8メートル、梁間2.8メートルの小ぶりな蔵で、屋根は切妻造の本瓦葺、東側に庇を付ける。建築面積は文化庁のデータベースで20平方メートル、尼崎市の一覧では20.48平方メートルとされる。

文化庁は年代を「江戸後期」とし、西暦欄に1751年から1830年の幅を記す。上原家住宅の6棟のうち、もっとも古い建物が上原家住宅米蔵である。

板と漆喰で表情を分けた上原家住宅米蔵の外壁

上原家住宅米蔵の外壁は漆喰塗りが基本で、北面と西面だけを竪板張としている。西は表の道に向く面、北は主屋の側に向く面にあたる。

西面の2階には小窓が1つ開く。土蔵の厚い壁に小さく穿たれた窓は、道から見上げたときに上原家住宅米蔵のわずかなアクセントになっている。

東側に付く庇は、敷地の内側に向けた側に雨よけの空間をつくるもので、蔵への出し入れはこちら側から行ったと考えるのが自然だろう。ただし文化庁の解説は出入口の位置を書いていない。

表構えの一角としての上原家住宅米蔵

上原家住宅米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、上原家住宅米蔵が離れや門と一体になって庄屋屋敷の表構えを構成していると評価している。

西の道に沿って北から上原家住宅米蔵、門、離れと3棟が隣り合い、棟の高さをそれぞれ違えて並ぶ。そのうちもっとも古い上原家住宅米蔵を起点に、明治前期の門と離れが加わってこの並びができあがったことになる。

上原家住宅米蔵の見学

上原家住宅米蔵を含む上原家住宅は個人の住まいで、敷地にも内部にも入れない。

上原家住宅米蔵は西の道に面しているため、外から見られる可能性が高い棟の1つである。竪板張の西面と2階の小窓が、道の側から確かめたい部分になる。どこまで見えるかは現地で確かめていない。撮影は公道から、住む人の暮らしに配慮して行いたい。屋敷への行き方は上原家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q上原家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸後期で、西暦欄は1751年から1830年です。上原家住宅の6棟でもっとも古い建物です。
Q上原家住宅米蔵はどんな構造ですか?
A土蔵造2階建で、切妻造の本瓦葺です。東側に庇を付け、外壁は漆喰塗りで北面と西面を竪板張とします。
Q上原家住宅米蔵が登録有形文化財になった理由は何ですか?
A平成23年(2011年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。離れや門と一体で庄屋屋敷の表構えをつくっている点が評価されています。
Q上原家住宅米蔵の大きさはどのくらいですか?
A桁行4.8メートル、梁間2.8メートルで、建築面積は20平方メートル(尼崎市の一覧では20.48平方メートル)です。
Q上原家住宅米蔵は見学できますか?
A内部や敷地には入れません。上原家住宅は個人の住宅で、尼崎市は一般公開を行っていないとしています。外観は西の道から見ることになります。

基本情報

名称上原家住宅米蔵
所在地兵庫県尼崎市長洲本通3-60
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)登録
員数1棟
寸法桁行4.8m、梁間2.8m、建築面積20㎡
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観は道路から)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)上原家住宅米蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008518
文化遺産オンライン 上原家住宅米蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/146804
尼崎市 上原家住宅(尼崎の登録文化財)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/manabu/bunkazai_0/1028308/1028313/1028795.html

最終更新日: 2026.10.01