五徳庵離れとは
五徳庵離れは、石川県加賀市大聖寺錦町にある大正8年(1919年)建築の木造平屋の離れ座敷で、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ごとくあんはなれ」。6畳一間の小さな建物で、建築面積は16平方メートルと五徳庵の4件のなかで最も小さい。
五徳庵の敷地は北の端で東へ鉤の手に折れており、五徳庵離れはその東側の奥まった位置に建つ。
鉄板葺の本体と三方の瓦葺の下屋
五徳庵離れの本体は切妻造で、屋根を鉄板葺とする。その東・南・西の3面には桟瓦葺の下屋が回る。1棟のなかで2種類の屋根材を使い分けており、文化庁の記録が屋根を「鉄板葺及び瓦葺」とするのはこのためである。
小さな本体の周りに瓦葺の下屋が三方から取り付くので、外から見ると、軒の低い下屋が本体を囲む二段の屋根になる。
床・棚・天井に工夫を見せる6畳
内部は6畳一間の座敷である。床(床の間)、棚、天井などの意匠に工夫が見られると文化庁は記録している。部屋数を増やすのではなく、一間に意匠を集めたつくりで、客をもてなしたり趣味を楽しんだりするための座敷であったことがうかがえる。
広い開口部は北側の庭に面して取られている。北向きの開口からは直射日光が入りにくく、日の当たる庭を座敷の内から眺める向きになる。
表の道路とは反対の奥に建ち、庭の側へ開く。屋敷のなかでいちばん静かな場所に置かれた座敷である。
五徳庵離れが登録された理由
五徳庵離れは、「造形の規範となっているもの」という基準で登録有形文化財となった。登録番号は17-0126。文化庁は、大正期の数寄屋風の離れの一事例として五徳庵離れを評価している。
明治の主屋が武家屋敷の形式を引き継いだのに対し、およそ20年後に加わった五徳庵離れは、大正期の住まいの数寄屋好みを映している。同じ屋敷のなかで、時代による住まいの関心の違いを比べられる点も五徳庵離れの見どころである。
五徳庵離れの見学
五徳庵離れは敷地の奥まった位置に建ち、道路からは主屋や倉庫の向こう側になる。内部公開についての公式な案内は確認できず、道路から姿を確かめるのは難しいと思われる。
敷地には立ち入らないようにしたい。屋敷への行き方は五徳庵のページにまとめてある。
Q&A
- 五徳庵離れはいつ建てられましたか?
- 大正8年(1919年)です。明治33年(1900年)の主屋からおよそ20年後に加わりました。
- 五徳庵離れはどんな建物ですか?
- 6畳一間の小規模な離れ座敷です。床、棚、天井などの意匠に工夫があり、文化庁は大正期の数寄屋風の離れの一事例としています。
- 五徳庵離れの屋根はどうなっていますか?
- 切妻造の本体を鉄板葺とし、東・南・西の3面に桟瓦葺の下屋が回ります。1棟で鉄板と瓦の2種類の屋根材を使っています。
- 五徳庵離れは見学できますか?
- 内部公開の公式な案内は確認できませんでした。敷地の奥に建つため、道路から見るのも難しいと思われます。
- 五徳庵離れが登録有形文化財になったのはいつですか?
- 平成17年(2005年)2月9日で、主屋・倉庫・門と同じ日です。登録番号は17-0126です。
基本情報
| 名称 | 五徳庵離れ(ごとくあんはなれ) |
|---|---|
| 所在地 | 石川県加賀市大聖寺錦町52-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成17年(2005年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積16㎡(木造平屋建、鉄板葺及び瓦葺) |
| 所有者 | 特定非営利活動法人歴町センター大聖寺 |
| 公開状況 | 公開情報なし(外観は道路から) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)五徳庵離れ
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004536
- 加賀市 国登録文化財
- https://www.city.kaga.ishikawa.jp/ed/bunka_shinko/6066.html
最終更新日: 2026.09.29