俳人の追善のために建てられた小堂

加賀の千代、法名を素園、千代尼とも呼ばれた女性は、江戸時代を代表する女流俳人の一人である。元禄16年(1703)に松任で生まれ、俳諧で名を成し、52歳で剃髪、安永4年(1775)に世を去った。聖興寺は彼女の記憶に最も深く結びついた寺で、境内の前方寄りに、その追善のために建てられた小さな堂が建つ。

千代尼堂は、千代尼百五十回忌に当たる昭和10年(1935)に建立された。建築面積はわずか14平方メートルほど、方一間半の規模で、宝形造の茅葺(現在は銅板の仮葺で保護)。堂の北側には千代尼塚があり、堂と墓は一続きの場として体験される。

登録有形文化財としての価値

この堂は平成19年(2007)に国の登録有形文化財となった。境内の多くの建物より少し早い登録である。価値は規模ではなく質にある。礼拝空間の背面には仏壇を設え、天井は化粧垂木を放射状に配して、狭い室内で視線を上へ導く。

側面には丸窓を穿ち、室内の光をやわらげる。全体は数寄屋風の仏堂の佳品と評される。茶室のもつ抑制と素材を、小さな宗教建築に持ち込んだ造りである。

堂内の千代尼像と拝観

堂内には千代尼の木像が安置される。石川県出身の彫刻家・吉田三郎が桂材を用いて刻んだもので、辞世の句「月も見て我はこの世をかしく哉」に因む。地元の家に伝わる千代尼の自画像を参考に、その面影が写された。

千代尼堂とその北の墓、そして草風庵は、聖興寺の中でも参詣者に開かれた一画である。寺は千代尼の遺品を納めた遺芳館も備え、少額の拝観料で見学できる。

Q&A

Q千代尼とはどのような人物ですか。
A加賀の千代(1703-1775)と呼ばれた江戸中期の女流俳人です。松任に生まれ、後に剃髪して尼となりました。
Qこの堂はなぜ建てられたのですか。
A昭和10年(1935)、千代尼の百五十回忌に当たり、ゆかりの深い聖興寺で追善のために建立されました。
Q堂内には何がありますか。
A彫刻家・吉田三郎が桂材で刻んだ千代尼の木像が安置されています。辞世の句と伝存する自画像に基づいて造られました。
Q見学できますか。
Aはい。堂と隣の千代尼塚、草風庵は参詣者に開かれています。遺品を納めた遺芳館は少額の拝観料で見学できます。
Q建物の大きさはどのくらいですか。
A方一間半、建築面積14平方メートルほどの小規模な堂で、宝形造の茅葺屋根を戴きます。

基本情報

名称聖興寺千代尼堂
所在地石川県白山市中町56-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成19年(2007)12月5日登録(同年12月19日告示)
登録番号17-0166
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
時代・年代昭和10年(1935)
構造及び形式等木造平屋建、茅葺(銅板仮葺)、建築面積14平方メートル
員数1棟
所有者宗教法人聖興寺
公開状況現役の寺院で内部は通常非公開。千代尼堂・草風庵・遺芳館(拝観料200円)は見学可。

参考文献

Agency for Cultural Affairs National Cultural Properties Database
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006714
加賀の千代女|白山市公式ホームページ
https://www.city.hakusan.lg.jp/bunka/bunkashinko/1002773/1002775/index.html
聖興寺|うらら白山人(白山市観光サイト)
https://www.urara-hakusanbito.com/spot/detail_1100.html
聖興寺 公式サイト
https://shokoji.jp/

最終更新日: 2026.07.11