へんこつ屋店舗:金刀比羅宮の門前町に息づく明治の名建築
香川県仲多度郡琴平町の新町西商店街の角地に佇む「へんこつ屋店舗」は、明治期に建てられた木造2階建ての商家建築です。2004年(平成16年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されたこの建物は、金刀比羅宮(通称「こんぴらさん」)の参道筋・一之橋東詰の近くに位置し、門前町として栄えた琴平の繁栄を今に伝える貴重な建築遺産です。
外観は商店街に面した標準的な町屋の構えですが、一歩足を踏み入れると、網代組のヴォールト状天井や銘木珍木を随所に用いた凝った造作が目を引きます。大正初期に創業した老舗和菓子店「へんこつ屋」の店舗として長年親しまれてきましたが、2021年12月に惜しまれつつ閉店しました。しかし、建物そのものは登録有形文化財として、琴平の歴史的景観の一部であり続けています。
「へんこつ」に込められた職人の矜持
「へんこつ」とは、この地方の方言で「曲がったことが大嫌いな頑固者」を意味する言葉です。大正の初め、こんぴらさんの麓で和菓子店を開いた初代店主は、若い頃からこの言葉をこよなく愛し、生涯にわたり「へんこつおやじ」を自称し続けました。その頑固なまでのこだわりは、看板商品の「へんこつまんじゅう」にも如実に表れていました。
北海道産大納言小豆の餡を練り上げた後に時間をかけて熟成させ、黄身練りのしっとりとした生地で包んだへんこつまんじゅうは、機械による大量生産を一切行わず、最後まで純手造りを貫きました。その風雅にして素朴な味わいは広く知られ、昭和27年(1952年)10月には昭和天皇への献上菓子に選ばれるという栄誉にも輝いています。賞味期限はわずか4日間という、まさに「へんこつ」の名にふさわしい逸品でした。
登録有形文化財としての価値
へんこつ屋店舗は、明治時代(1868年〜1911年)に建てられ、大正から昭和にかけて(1926年〜1988年)改造が行われた木造2階建て・瓦葺きの建物です。建築面積は約136平方メートルで、新町西商店街に南面して東西棟で建ち、奥に棟を延ばす「うなぎの寝床」のような奥行きのある構造となっています。
角地に位置し、正面は南西の2面に下屋を取り付けた標準的な商家の構えを見せますが、文化財としての真の価値はその内部にあります。特筆すべきは、網代組のヴォールト状天井です。竹や木の薄板を網代(あじろ)と呼ばれる技法で精緻に編み込み、アーチ状に湾曲させた天井は、高度な職人技を物語っています。さらに、銘木や珍木を惜しみなく用いた柱や梁、精巧な彫刻欄間など、随所に凝った造作が施されており、こんぴら参りで賑わった門前町の経済的繁栄を物語っています。
五つの客室に宿る歴史と文化
へんこつ屋店舗には、いずれも大正期の文化財的価値を持つ5つの客室がありました。階段や通路にも当時の雰囲気が色濃く残され、入口の精巧な彫刻欄間とともに、建物全体が一つの芸術作品のような趣を醸していました。
落書部屋(らくがきべや)
1階奥突き当たりの6畳の和室は「落書部屋」と呼ばれ、へんこつ屋を代表する名物空間でした。訪れたお客様が旅の思い出を半紙に墨で思い思いにしたため、天井や壁などに貼り付けていくというユニークな趣向で、長い年月の間に幾重にも重なった半紙が建物の構造を覆い隠すほどになりました。墨と半紙の色合いが織りなす独特の美しさは、訪れる人々を魅了し続けました。創業者が「訪れた人が喜んでくれるように、またここに来たことを忘れないように」との想いから始めたものと伝えられています。
石松三十石部屋(いしまつさんじゅっこくべや)
2階の6畳和室は、清水次郎長の子分として知られる森の石松が次郎長に代わってこんぴら参りの代参を行ったという逸話にちなんで名付けられました。三の字に湾曲して架かる小屋梁と、その上に広がるヴォールト天井の網代組湾曲弓形細工は、商家建築としては極めて珍しい意匠であり、この建物の最も見事な建築的見どころの一つです。
写し呑象楼部屋(うつしどんしょうろうべや)
2階の一番奥にある8畳間は、琴平が生んだ幕末の勤王家・日柳燕石(くさなぎ・えんせき)の書斎「呑象楼」を模して造られた部屋です。坂本龍馬や日柳燕石にゆかりのある遺品、馬具、観音像などが展示され、小さいながらも幕末の歴史に触れることのできる資料室のような空間でした。現在の呑象楼は移築や改修により当時の雰囲気が変わっているとされ、へんこつ屋の「写し呑象楼部屋」のほうが日柳燕石が造った当時の部屋に近いとも言われていました。
門前町・琴平の歴史的背景
へんこつ屋店舗の価値を深く理解するためには、こんぴら参りの門前町として栄えた琴平の歴史を知ることが欠かせません。象頭山の中腹に鎮座する金刀比羅宮は、海上交通の守り神として古くから篤い信仰を集め、江戸時代にはお伊勢参りと並ぶ庶民の一大旅行として「こんぴら参り」が大流行しました。本宮まで785段、奥社まで1,368段の石段を上る参拝には大きな労力を伴いますが、今も年間約300万人の参拝客が訪れています。
この絶え間ない参拝客の流れは、門前町に大きな経済的繁栄をもたらしました。旅館や土産物店、飲食店が立ち並び、歌舞伎の芝居小屋(現在の旧金毘羅大芝居・金丸座)が設けられるなど、文化的にも豊かな町が形成されました。へんこつ屋店舗の内部に見られる贅を尽くした意匠は、まさにこの門前町の繁栄を物語るものです。
また、琴平は幕末の動乱期にも重要な役割を果たしました。日柳燕石は琴平に生まれ育った学者・詩人・勤王活動家で、幕末の志士たちをかくまい、反幕府勢力の連絡を取り持つなどの活動を行いました。へんこつ屋の「写し呑象楼部屋」は、こうした地域の歴史的遺産を後世に伝える貴重な空間でした。
周辺の見どころ
へんこつ屋店舗は2021年に閉店しましたが、建物は新町商店街の街並みの一部として残っています。周辺には、日本の歴史・建築・文化に興味のある方にとって魅力的なスポットが数多くあります。
- 金刀比羅宮(こんぴらさん):本宮まで785段、奥社まで1,368段の石段が続く四国を代表する神社。境内には重要文化財の建築物や美術館があり、讃岐平野を一望する眺望も見事です。
- 旧金毘羅大芝居(金丸座):天保6年(1835年)に建てられた日本最古の現存する芝居小屋で、国の重要文化財に指定されています。毎年春には「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されます。
- 琴平町立歴史民俗資料館:琴平の歴史やこんぴら参りの文化に関する資料を展示しています。
- 高灯籠(たかどうろう):琴平町のシンボルとも言える高さ約27メートルの木造灯籠。讃岐平野からこんぴらさんを目指す参拝者の目印として機能しました。
- 讃岐うどんの名店:香川県は「うどん県」として知られ、琴平周辺にも評判のうどん店が点在しています。参拝と合わせてぜひ味わいたい郷土の味です。
アクセス情報
へんこつ屋店舗は、琴電琴平駅から徒歩約5分、JR琴平駅から徒歩約7分の新町西商店街内に位置しています。金刀比羅宮参道筋の一之橋東詰近くの角地にあり、見つけやすい場所です。
主要都市からのアクセスとしては、高松からJR特急列車で琴平駅まで約60分、または琴電(ことでん)で琴電琴平駅までアクセスできます。本州方面からは、岡山からJR瀬戸大橋線で多度津駅乗り換え、JR土讃線で琴平駅へ向かうルートが便利です。
Q&A
- へんこつ屋店舗はどのような建物ですか?
- へんこつ屋店舗は、明治時代に建てられた木造2階建て・瓦葺きの商家建築で、2004年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。金刀比羅宮の参道近く、新町西商店街の角地に位置し、外観は標準的な町屋の構えですが、内部には網代組のヴォールト状天井や銘木珍木を用いた精巧な造作が随所に施されています。大正初期に創業した老舗和菓子店「へんこつ屋」の店舗として長年親しまれましたが、2021年12月に閉店しました。
- 現在、へんこつ屋店舗は見学できますか?
- 和菓子店としての営業は2021年12月に終了しています。ただし、建物自体は登録有形文化財として新町商店街の街並みの一部に残っています。外観は商店街を歩く際にご覧いただけます。周辺には金刀比羅宮をはじめ多くの文化財や観光スポットがありますので、琴平の歴史的な街並みの一つとしてお楽しみください。
- 「へんこつ」とはどういう意味ですか?
- 「へんこつ」は、この地方の方言で「曲がったことが大嫌いな頑固者」を意味します。初代店主がこの言葉を愛し、生涯にわたり「へんこつおやじ」を自称し続けたことから屋号になりました。その名の通り、大量生産を行わず手造りにこだわり続けた職人気質を表す言葉です。
- 琴平へのアクセス方法を教えてください。
- 高松からはJR特急列車で琴平駅まで約60分、または琴電(ことでん)で琴電琴平駅までアクセスできます。本州方面からは、岡山からJR瀬戸大橋線で瀬戸内海を渡り、多度津駅でJR土讃線に乗り換えて琴平駅へ。へんこつ屋店舗は琴電琴平駅から徒歩約5分、JR琴平駅から徒歩約7分です。
- へんこつ屋店舗の周辺にはどのような観光スポットがありますか?
- 最大の見どころは金刀比羅宮(こんぴらさん)で、1,368段の石段を上る参拝体験は四国を代表する観光名所です。日本最古の芝居小屋である旧金毘羅大芝居(金丸座)、琴平町立歴史民俗資料館、シンボルの高灯籠なども近くにあります。また、「うどん県」香川ならではの讃岐うどんの名店も周辺に点在しています。
基本情報
| 名称 | へんこつ屋店舗(へんこつやてんぽ) |
|---|---|
| 文化財区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2004年(平成16年)3月2日 |
| 建築年代 | 明治時代(1868年〜1911年)/1926年〜1988年改造 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積136㎡ |
| 所在地 | 香川県仲多度郡琴平町字川東240-2 |
| アクセス | 琴電琴平駅から徒歩約5分、JR琴平駅から徒歩約7分 |
| 備考 | 和菓子店としての営業は2021年12月に終了。建物は登録有形文化財として現存。 |
参考文献
- へんこつ屋店舗 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116924
- へんこつ屋(へんこつ茶屋) — 琴平町観光協会
- https://www.kotohirakankou.jp/gourmet/sweets/entry-110.html
- 国指定文化財等データベース — 文化庁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
- へんこつ屋 — 四国・中国旅行ナビ
- https://www.shichu.jp/henkotsuya.html
- 琴平名物「へんこつまん」〜へんこつ屋 — お茶屋の道楽ブログ
- https://cyaya4626.hateblo.jp/entry/2019/12/14/134918
最終更新日: 2026.03.26