漆原家住宅水肥納屋とは

漆原家住宅水肥納屋(うるしはらけじゅうたくみずごえなや)は、香川県高松市三谷町の漆原家の屋敷で水肥(みずごえ)を造り、蓄えるのに使われた明治前期(1868年から1882年)の建物で、令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財となった。

水肥は、屎尿などを水で薄めて寝かせた液状の肥料で、化学肥料が広まる前の田畑を支えていた。漆原家住宅水肥納屋は木造平屋建、瓦葺で、建築面積は34平方メートル。脇門が付いている。

農家としての暮らしを伝える納屋

漆原家住宅水肥納屋の登録番号は37-0481で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、この地域の農業のありさまを伝える貴重な水肥納屋と位置づけている。

漆原家は郷士であると同時に、庄屋として農業を営んだ家である。格式を見せる主屋や長屋門と並んで、肥料を仕込む建物が表通りに面して残っていることが、この屋敷のもう一つの顔、つまり実際に土を耕した家の姿を具体的に示している。

閉じた外壁と3基の大甕

漆原家住宅水肥納屋は屋敷の南辺にあり、長屋門の東に続いて建つ。屋根は本瓦葺の平屋で、東の脇には脇門が開く。

通りに向いた側は大壁とし、窓も戸口も設けていない。反対に敷地の内側へは大きく開け放した造りで、外からは壁、内からは作業場という、二つの顔を持つ。

室内には床を張らず、大きな甕(かめ)を3基据えている。水肥はこの甕の中で熟成させた。東側には物置が仕切られている。

漆原家住宅水肥納屋を見るには

漆原家住宅水肥納屋は通りに面して建つので、窓のない外壁と瓦屋根は外の道から見ることができる。長屋門のすぐ東隣なので、門と並べて眺めると表構えの一続きがよく分かる。東端の脇門もこの並びにある。

甕のある室内は敷地の内側に向いて開いているため、外からは見えない。個人の住まいの一部であり、内部は公開されていない。

Q&A

Q漆原家住宅水肥納屋は何に使われた建物ですか?
A田畑にまく液状の肥料、水肥を造って蓄えるための建物です。室内に大きな甕が3基据えられています。
Q漆原家住宅水肥納屋の読み方は?
A文化庁のデータベースでは「うるしはらけじゅうたくみずごえなや」と読みます。
Q漆原家住宅水肥納屋はいつ建てられましたか?
A明治前期(1868年から1882年)の建物です。令和5年(2023年)2月27日に登録番号37-0481として登録有形文化財になりました。
Q漆原家住宅水肥納屋の通り側に窓がないのはなぜですか?
A通り側を大壁で閉じ、作業は敷地の内側に開いた面で行う造りだからです。屋敷の外郭の一部を兼ねています。
Q漆原家住宅水肥納屋は見学できますか?
A外観は長屋門の東隣で通りから見られます。室内は敷地側に開いているため外からは見えず、公開もされていません。

基本情報

名称漆原家住宅水肥納屋
所在地香川県高松市三谷町字西三谷東1377-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号37-0481
指定年令和5年(2023年)2月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積34平方メートル、脇門付
所有者個人
公開状況内部非公開、外観は道から見られる

参考文献

国指定文化財等データベース 漆原家住宅水肥納屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014528
漆原家住宅水肥納屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/578262

最終更新日: 2026.09.27