漆原家住宅土蔵とは
漆原家住宅土蔵(うるしはらけじゅうたくどぞう)は、香川県高松市三谷町の漆原家の屋敷の北寄りに建つ明治前期(1868年から1882年)の土蔵造2階建の蔵で、令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財となった。
瓦葺で、建築面積は68平方メートル。棟を東西に通して建ち、昭和後期に改修を受けている。
1棟に2つの蔵を収める
漆原家住宅土蔵(登録番号37-0479)も、ほかの7件と同じく国土の歴史的景観への寄与を理由に登録されている。文化庁の解説がとくに取り上げるのは、蔵の使い分けが屋敷の使い方に対応している点である。
正面は渡り廊下によって東西に分けられる。東半分は主屋の土間の側に口を開く米蔵、西半分は座敷の側に口を開く道具蔵である。収穫した米は作業の場である土間の方から、客をもてなす器や調度は座敷の方から出し入れしたと考えられる。主屋の東が土間、西が座敷という配置が、そのまま蔵の東西に写されている。
通気を考えた2階
屋根は切妻造の本瓦葺。内部は1階・2階とも2室ずつに区切られている。
2階の2室は、金網を張った窓でつながる。床板は板と板の間にすき間を残して張る目透し張で、上下にも空気が抜けるようにしてある。米や道具を湿気から守るための工夫で、壁の厚い土蔵造でありながら内部の風通しに気を配った造りである。
漆原家住宅土蔵を見るには
漆原家住宅土蔵は敷地の北寄り、主屋の背後にあたる位置に建ち、南の道からは見えない。漆原家が暮らす個人の住まいで、敷地内も蔵の内部も公開されていない。
屋敷の北面は土塀と堀で囲まれており、外観の写真は文化庁のデータベースで確かめられる。
Q&A
- 漆原家住宅土蔵には何がしまわれていましたか?
- 東半分が米蔵、西半分が道具蔵です。米蔵は主屋の土間側に、道具蔵は座敷側に口を開いています。
- 漆原家住宅土蔵はいつ建てられましたか?
- 明治前期(1868年から1882年)です。昭和後期に改修されています。
- 漆原家住宅土蔵の2階にはどんな工夫がありますか?
- 2階の2室を金網張りの窓でつなぎ、床板を目透し張にして通気を確保しています。
- 漆原家住宅土蔵はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 令和5年(2023年)2月27日に、登録番号37-0479として登録されました。
- 漆原家住宅土蔵は外から見られますか?
- 敷地の北寄りにあり、南の道からは見えません。屋敷は公開されていません。
基本情報
| 名称 | 漆原家住宅土蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 香川県高松市三谷町字西三谷東1377-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)、登録番号37-0479 |
| 指定年 | 令和5年(2023年)2月27日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積68平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(敷地の北寄りにあり南の道からは見えない) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 漆原家住宅土蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014526
- 漆原家住宅土蔵(文化遺産オンライン)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/597680
最終更新日: 2026.09.27