漆原家住宅主屋とは

漆原家住宅主屋(うるしはらけじゅうたくおもや)は、香川県高松市三谷町にある江戸後期(1751年から1830年)の郷士の住まいで、令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財となった。

木造平屋建で、屋根は茅葺を銅板で仮に覆い、一部を瓦で葺く。建築面積は321平方メートルあり、屋敷に残る8件の登録建物のなかでも群を抜いて大きい。文化庁のデータベースは、明治35年(1902年)ごろと昭和中期に手が入ったと記している。

登録の理由と評価

漆原家住宅主屋は登録番号37-0477で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、太い木割で格式を見せた豪壮な家と評している。

この家は登録のずっと前から注目されていた。香川県教育委員会の文化財専門員によると、漆原家住宅主屋は昭和44年度(1969年度)の香川県民家調査に取り上げられ、第2次調査まで残った民家として報告書に載った。最終の第3次調査では外れたものの、それから50年以上、所有者が守り続けてきたという。

四方蓋造の大屋根と11室の間取り

漆原家住宅主屋の屋根は、讃岐の民家に見られる四方蓋造である。茅葺の大屋根の四周に瓦葺の庇をめぐらせる形で、主屋はこれを大きな規模で南向きに構える。現在の銅板は仮葺きで、その下には葺き替えを重ねてきた茅がそのまま残っている。小屋裏では茅を部材に留める縄が数多く見え、結び方の地域差を伝える記録にもなっている。

東の半分は土間で、大戸口が開く。それとは別に、身分の高い客を迎える式台の玄関を備えている。

床の上は2列6室を基本にしながら、さらに細かく区切って計11室とする変則的な間取りである。南にはトモマチベヤ(供待部屋、客の供の者が控える部屋)が角屋として突き出す。郷士の家らしく、来客の格に応じて入口と控えの間を使い分けた造りが読み取れる。

座敷と上の間の境には、波と兎を彫った欄間が入る。土間の一部にあたるウチニワの床は、墨を混ぜたモルタルを磨いて仕上げてある。

漆原家住宅主屋を見学するには

漆原家住宅主屋は漆原家が今も暮らす住まいで、内部は公開されていない。令和8年(2026年)9月28日の時点で、見学の受付や公開日は案内されていない。

主屋は土塀と長屋門に囲まれた敷地の内側に建っており、外の道から全体を見通すことはできない。大屋根や欄間の姿は、文化庁のデータベースに載る写真で確かめるのが確実である。撮影や立ち入りについて公表された取り決めは無いため、敷地には入らないようにしたい。

Q&A

Q漆原家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースは江戸後期(1751年から1830年)としています。明治35年(1902年)ごろと昭和中期に改修されています。
Q漆原家住宅主屋の屋根はなぜ銅板なのですか?
A銅板は仮葺きです。本来は茅葺の四方蓋造で、銅板の下には今も茅が残っています。
Q漆原家住宅主屋の間取りにはどんな特徴がありますか?
A2列6室を基本にしつつ計11室に区切った変則的な平面で、東半分が土間です。大戸口のほかに式台玄関を持ち、南に供待部屋を角屋として張り出しています。
Q漆原家住宅主屋はいつ登録有形文化財になりましたか?
A令和5年(2023年)2月27日に、登録番号37-0477として登録されました。屋敷のほかの7件も同じ日に登録されています。
Q漆原家住宅主屋の中を見学できますか?
Aできません。所有者が暮らす個人の住まいで、一般公開は行われていません。

基本情報

名称漆原家住宅主屋
所在地香川県高松市三谷町字西三谷東1377-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号37-0477
指定年令和5年(2023年)2月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺(銅板仮葺)一部瓦葺、建築面積321平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(居住中の個人住宅)

参考文献

国指定文化財等データベース 漆原家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014524
漆原家住宅主屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/548718
香川県内の登録有形文化財(香川県教育委員会)
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/shogaigakushu/bunkazai/culturalassets/culturalassets_16.html
讃岐一景を訪ねて vol.01(IKUNAS stories、石田真弥・香川県教育委員会文化財専門員)
https://tao1361.xbiz.jp/story/9866.html

最終更新日: 2026.09.27