道しるべとなった石灯籠

山田家の屋敷へ上るアプローチ道路の入口に、高さ三メートルほどの石灯籠が立つ。夜通し灯を点した常夜燈である。私邸の門を照らすにとどまらぬ役目があった。八栗寺の参道沿いに在って、寺へ登る遍路の道しるべとなっていたのである。

八栗寺は四国八十八ヶ所霊場の第八十五番札所で、聖天を祀り、土地では「聖天さん」と親しまれる。灯籠の東面には建立の由来を示す「聖天舎」の文字が、参道に面する南面には施主である主人「山田徳右衛門」の名が刻まれる。道端の灯籠に名を刻む施主は、信仰と公益への行いを目に見える形で示していた。

年代は江戸後期、弘化年間(一八四〇年代。国のデータベースでは一八四七年と記す)とされる。長屋門とともに、この灯籠は屋敷の登録建造物のなかで最も古い部類に属し、背後の大正期の酒造建物より数世代さかのぼる。

銘を読む

こうした一基の価値は、そこに刻まれた文字にも宿る。二つの銘が、灯籠を場所と時に結びつける。誰が、何のために、いかなる信仰の世界のなかで建てたのか。「聖天舎」は寺の本尊に、「山田徳右衛門」は、のちに屋敷がうどん店となる一家に、それぞれ灯籠を結びつける。石を読むことは、土地の有力な家と、その戸口を通る遍路道との関係を読むことでもある。

この古さの灯籠は、道そのものの日常の歴史も帯びている。アプローチの入口に立って、かつては日が暮れてから八栗寺へ登る遍路の足元を助けた。裕福な家が、行き交う多くの旅人に差し出せた、小さくとも確かな務めであった。

いまの位置

灯籠は平成十三年(二〇〇一)十月十二日、主屋や屋敷内の他の建物とともに、歴史的景観に寄与するものとして登録された。屋敷地の入口に据えられ、いまも屋敷と遍路道が出会う地点を示し、十九世紀と変わらぬ道案内の務めを果たしている。

訪れるなら、入る前に灯籠の前で少し足を止めたい。竿の二つの銘を探し、幾世代もの遍路がかつてこの場で上の寺へと向きを定めた、その同じ場所に立っていることを思い返してみたい。

Q&A

Q常夜燈とは何ですか。
A夜通し灯をともす石灯籠のことです。街道や寺の参道沿いに置かれ、日暮れ後の旅人の道案内を担いました。
Q誰が建てたのですか。
A南面に施主として主人「山田徳右衛門」の名が刻まれています。東面には建立の由来を示す「聖天舎」の文字があります。
Q「聖天さん」とは何ですか。
A四国霊場第八十五番札所・八栗寺に祀られる聖天のことで、土地では聖天さんと親しまれます。灯籠はその参道沿いに立っていました。
Q灯籠はいつ頃のものですか。
A江戸後期、弘化年間(一八四〇年代。国のデータベースでは一八四七年と記す)のもので、屋敷の登録建造物のなかでも最も古い部類に入ります。
Qどこにありますか。
A高松市牟礼町、八栗寺参道沿いにある山田家の屋敷へのアプローチ道路の入口に立ちます。屋敷に入る際に通り過ぎます。

基本情報

名称山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)灯篭
所在地香川県高松市牟礼町牟礼3186
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2001年(平成13)10月12日/登録番号 37-0079
時代江戸後期・弘化年間(文化庁データベースは1847年と記載)
構造石造、高さ約3.0m、1基
所在屋敷アプローチ道路入口、八栗寺参道沿い

References

文化庁 国指定文化財等データベース — 山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)灯篭
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002463
文化遺産オンライン — 山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)灯篭
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/182373
うどん本陣 山田家 — 公式サイト
https://www.yamada-ya.com/
うどん県旅ネット(香川県観光協会)— うどん本陣 山田家
https://www.my-kagawa.jp/udon/521/

最終更新日: 2026.07.05