膳を並べる旧酒蔵

山田家主屋の東南、南酒蔵の北端に接続して、切妻屋根の質素な平屋が建つ。かつては源氏正宗を仕込み蓄えた酒蔵である。いまは卓が並び、うどんを一杯手繰るために腰を下ろせば、そこは酒造の一室であったことに気づく。用途は変わっても、器のかたちはそのまま残っている。

建物は南北棟、桟瓦葺の簡素な切妻造で、長辺の平側に入口を開く平入とする。見栄えを競うところはない。東面は下見板張のそっけない仕上げで、働く蔵に与えられた飾り気のない面である。その飾り気のなさこそ、守ろうとしているものだ。

建造は大正後期、およそ一九一二年から二五年、主屋や近くの煉瓦煙突と同じ時期にあたる。その煙突とともに、この蔵は在郷の造り酒屋の日常の顔を今に残す。稼働していた頃には客の目に触れることの少なかった、屋敷の裏方の部分である。

働く建物を読む

酒蔵は醸造と貯蔵の要求を軸に設計される。厚く静かな壁、加減された採光、樽を動かしやすい動線。北酒蔵はその骨格を保っている。変わったのは内部の使い方で、いまは食事の場に充てられている。訪れる者の仕事は、卓の向こうにそれを支える構造を見透かすことにある。

南酒蔵とのつながりにも目を向けたい。二棟の蔵は一直線に連なり、ひとつの醸造の棟としての性格を分かち合っている。北酒蔵と南酒蔵は、別々の部屋というより一対として読める。二棟の間に立てば、かつて蔵の空間がどのように次へ次へと流れていたかが感じ取れる。

登録群のなかの位置

北酒蔵は平成十三年(二〇〇一)十月十二日、主屋や屋敷内の他の建造物とともに、歴史的景観に寄与するものとして国の登録有形文化財となった。単体では素朴な建物である。その価値は、蔵・煙突・居宅・門が古い配置のまま残る完結した酒造の屋敷に属している点にある。

訪れる者にとっての面白さは、その連続性にある。かつて酒を寝かせた部屋が、繁忙期には数千人の腹を満たす。用途の転換は建物を空にするのではなく、生かし続けてきた。通りがけに東面の下見板に目を留め、屋根の稜線が隣の南酒蔵へと続いていく様子を確かめたい。

Q&A

Qこの建物は何に使われていましたか。
A山田家の源氏正宗を扱う酒蔵でした。現在は内部がうどん店の食事室として活用されています。
Q南酒蔵とはどう違いますか。
A二棟は接続しており、北酒蔵が南酒蔵の北端につながっています。南酒蔵は漆喰壁の土蔵造、北酒蔵は下見板張の木造という違いがあります。
Q切妻造・平入とは何ですか。
A切妻造は屋根が両側に流れ、両端に三角の妻面をつくる形式です。平入は、その長辺の軒側に出入口を設けることを指します。
Qいつ建てられましたか。
A大正後期、おおよそ一九一二年から二五年、主屋や煉瓦煙突と同じ時期に建てられました。
Q中に入れますか。
Aはい、山田家の食事の席として入れます。旧酒蔵は食事空間の一部で、食事をしながら建物を体感できます。

基本情報

名称山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)北酒蔵
所在地香川県高松市牟礼町牟礼3186
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2001年(平成13)10月12日/登録番号 37-0078
時代大正後期(1912〜1925年頃)
構造木造平屋建、瓦葺、建築面積97㎡、1棟
現況「うどん本陣 山田家」の食事室として利用

References

文化庁 国指定文化財等データベース — 山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)北酒蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002462
文化遺産オンライン — 山田家(旧清酒源氏正宗醸造元)北酒蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/167772
うどん本陣 山田家 — 公式サイト
https://www.yamada-ya.com/
うどん県旅ネット(香川県観光協会)— うどん本陣 山田家
https://www.my-kagawa.jp/udon/521/

最終更新日: 2026.07.05