慈照寺東求堂とは:付書院と違棚を備えた四畳半「同仁斎」をもつ、義政の持仏堂
慈照寺東求堂(じしょうじとうぐどう)は、京都府京都市左京区銀閣寺町の慈照寺(銀閣寺)にある室町時代後期の持仏堂で、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、桁行6.9メートル、梁間6.9メートル、一重、入母屋造、檜皮葺で、棟札1枚が附として指定されている。
文化庁によると、文明18年(1486年)に西芳寺(苔寺)の西来堂に模して、池の北隅に南面して建てられた持仏堂である。
慈照寺東求堂の間取り
文化庁の詳細解説によると、内部は持仏堂と、同仁斎と呼ばれる小室など4室からなる。持仏堂の床は板張りで、小組格天井とし、正面に桟唐戸を吊り込む。同仁斎は四畳半敷きで、付書院と違棚を備え、墨書から「いろりの間」とも呼ばれている。
建物全体の木割は細く、角柱の面取り、舟肘木、疎垂木の清楚な建物で、西の外面に腰掛状の床があるのは珍しい。
慈照寺東求堂の見どころ
文化庁によると、寛保2年(1742年)や文政年間(1818年から1830年)頃の修理で仏壇や北の六畳室が改修されていたが、昭和40年(1965年)の修理ですべて建立当初の姿に復原された。
慈照寺によると、足利義政が東山山荘の造営の中で、文明18年(1486年)に自身の持仏堂として建てたものである。
慈照寺東求堂の見学方法
慈照寺によると、拝観時間は夏季が午前8時30分から午後5時、冬季が午前9時から午後4時30分である。
慈照寺の沿革と拝観の案内は、慈照寺のグループページにまとめている。
Q&A
- 慈照寺東求堂はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。
- 東求堂はいつ建てられたのですか?
- 文明18年(1486年)に、足利義政の持仏堂として建てられました。
- 同仁斎とは?
- 付書院と違棚を備えた四畳半の小室で、「いろりの間」とも呼ばれます。
- 東求堂は何を手本にしたのですか?
- 西芳寺(苔寺)の西来堂に模して建てられました。
- 東求堂の現在の姿は?
- 昭和40年(1965年)の修理で、建立当初の姿に復原されました。
基本情報
| 名称 | 慈照寺東求堂(じしょうじとうぐどう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市左京区銀閣寺町2 |
| 指定区分 | 国宝(建造物) |
| 指定年 | 昭和26年(1951年)6月9日指定 |
| 員数 | 1棟(附 棟札1枚) |
| 寸法 | 桁行6.9メートル、梁間6.9メートル、一重、入母屋造、檜皮葺 |
| 所有者 | 慈照寺 |
| 公開状況 | 夏季午前8時30分から午後5時、冬季午前9時から午後4時30分 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「慈照寺東求堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1645
- 慈照寺(銀閣寺)「銀閣寺について」
- https://www.shokoku-ji.jp/ginkakuji/about/
最終更新日: 2026.10.01