河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)陶房とは

河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)陶房は、京都市東山区鐘鋳町の河井寬次郎記念館で中庭の奥に建つ昭和4年(1929年)頃の木造平屋建の仕事場で、平成12年(2000年)に登録有形文化財に登録された。

陶工河井寬次郎が轆轤を挽き、器の形をつくった部屋である。瓦葺の平屋で、建築面積は54㎡。文化庁の解説は、主屋の新築に先立って建てられたと伝えている。昭和12年(1937年)の主屋よりも古く、寬次郎がこの地で仕事を始めた時期の姿を伝える棟になる。

河井寬次郎記念館の陶房が登録された理由

河井寬次郎記念館の陶房は「造形の規範となっているもの」として登録された。評価の中心は内部の床のつくりにある。

陶房は土間と板間の2室からなり、板間はさらに、椅子に腰かけて使う低い床と、座って使う高い床に分かれる。轆轤はこの高い床の部分に据えられていた。仕事場の床を高さで分ける工夫は、のちに建った主屋の広間にも引き継がれたと文化庁は指摘する。仕事場で試した床の使い分けが、住まいの中心の部屋に持ち込まれたことになる。

河井寬次郎記念館の陶房の見どころ

板間に立ったら、床の段差を目で追ってほしい。低い床と高い床の境目が、椅子の仕事と座っての仕事の境目でもある。轆轤のあった高床の側から見ると、窓の明かりの入り方と手もとの関係がつかみやすい。

陶房の東隣には木造平屋の土間が続き、その中に素焼窯が築かれている。さらに東の屋敷の端には登り窯がある。成形、素焼き、本焼きの順に建物が東へ並ぶので、陶房はこの工房の流れの起点にあたる。

河井寬次郎記念館の陶房を見学する

河井寬次郎記念館の陶房は記念館の見学順路に含まれる。文化庁の解説によれば、もとの土間はいまは休憩室として使われている。歩き疲れたら腰を下ろし、板間の段差を横から眺めるのもよい。

陶房は主屋から中庭を抜けた奥にあり、別料金は要らない。開館時間や入館料、行き方は河井寬次郎記念館のページにまとめてある。

Q&A

Q河井寬次郎記念館の陶房はいつ建てられましたか?
A昭和4年(1929年)頃とされ、主屋の新築に先立って建てられたと伝わります。平成12年(2000年)4月28日に登録有形文化財に登録されました。
Q河井寬次郎記念館の陶房はどんな部屋でしたか?
A寬次郎が轆轤を挽いて器を成形した仕事場です。土間と板間の2室からなり、轆轤は板間の高い床の部分に据えられていました。
Q河井寬次郎記念館の陶房の床が二段になっているのはなぜですか?
A椅子に腰かけて使う低い床と、座って使う高い床を分けたためです。この手法は主屋の広間にも共通します。
Q河井寬次郎記念館の陶房の大きさは?
A木造平屋建、瓦葺で、建築面積は54㎡です。
Q河井寬次郎記念館の陶房は見学できますか?
Aはい。記念館の見学順路に含まれ、もとの土間は休憩室として使われています。

基本情報

名称河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)陶房
所在地京都府京都市東山区馬町通大和大路東入鐘鋳町569他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)4月28日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、建築面積54㎡
所有者不明(文化庁データベースに記載なし)
公開状況公開(河井寬次郎記念館として開館)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)陶房
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001716
文化遺産オンライン 河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)陶房
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/177936
国指定文化財等データベース(文化庁)河井寬次郎記念館(旧河井寬次郎邸)素焼窯
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001719

最終更新日: 2026.10.15