武者小路千家土蔵とは

武者小路千家土蔵は、京都市上京区にある武者小路千家の屋敷の西辺に建つ明治14年(1881年)頃の土蔵造の蔵で、平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財に登録された。文化庁のデータベースでの読みは「むしゃのこうじせんけどぞう」。

建築面積は23平方メートル。主屋の北に接して建ち、主屋から北へ延びる廊下で結ばれている。屋敷の建物のなかで、茶室でも住まいでもない唯一の登録建造物である。

登録の理由:屋敷の景観を支える蔵

武者小路千家土蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。同じ日に登録された主屋と2棟の茶室がそろって「造形の規範となっているもの」とされたのに対し、土蔵だけが景観の面から評価された。

文化庁の記録では、主屋と同じ明治14年頃の建築とされる。嘉永7年(1854年)の大火で屋敷が焼けたのち、一指斎が茶室や庭を建て直した時期にあたり、住まいと蔵が一緒に整えられたことがうかがえる。

蔵の用途は、公的な記録には書かれていない。

構造:本瓦葺の切妻屋根と白漆喰の壁

武者小路千家土蔵は、桁行3間、梁間2間半の規模である。メートルに直すと、おおよそ5.5メートルに4.5メートルほどになる。屋根は切妻造で本瓦葺、外壁は白い漆喰で仕上げている。

階数については、文化庁の資料の中で記載が分かれている。データベースの構造欄は「土蔵造2階建」とする一方、同じページの解説文は「土蔵造平屋建」と書く。本サイトでは両方の記載を示し、どちらかに決めることはしていない。

見どころ:3重の戸と西面の丸窓

武者小路千家土蔵の入口は、主屋から北へ延びる廊下に設けた蔵前にある。ここに両開きの土戸、裏白戸、網戸の3種の戸を重ねて建て込んでいる。厚い土戸が火を防ぎ、その内側に別の戸を重ねるのは、町家の蔵によく見られる構えである。

西の面には、円形の小窓が2つ開けられている。白い壁に小さな丸窓が並ぶ意匠は、四角い窓の多い蔵のなかで目を引く部分である。

武者小路千家土蔵の見学について

武者小路千家土蔵は非公開で、内部を見学することはできない。敷地の西辺で主屋の北側、屋敷の奥に位置するため、武者小路通から見えるのは門構えと塀までである。西面の丸窓が屋敷の外から見えるかどうかは確認できていない。

見学の受付は案内されていないので、屋敷の前では通りから静かに眺めるだけにとどめたい。

Q&A

Q武者小路千家土蔵はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか?
A文化庁の記録では明治14年(1881年)頃の建築です。平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財に登録されました。
Q武者小路千家土蔵は平屋ですか、2階建ですか?
A文化庁のデータベースの構造欄は2階建、解説文は平屋建としており、記載が分かれています。
Q武者小路千家土蔵はなぜ登録されたのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。同じ屋敷の主屋と茶室2棟は「造形の規範となっているもの」です。
Q武者小路千家土蔵の入口にはどんな戸がありますか?
A主屋から延びる廊下の蔵前に、両開きの土戸、裏白戸、網戸の3種を重ねて建て込んでいます。
Q武者小路千家土蔵は見学できますか?
Aできません。非公開で、屋敷の奥にあるため通りからは門構えと塀しか見えません。

基本情報

名称武者小路千家土蔵(むしゃのこうじせんけどぞう)
所在地京都府京都市上京区武者小路通新町西入西無車小路町613-2他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)11月8日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建(解説文では平屋建)、瓦葺、建築面積23平方メートル
所有者財団法人官休庵(現・公益財団法人官休庵)
公開状況非公開(通りから見えるのは門構えと塀まで)

参考文献

武者小路千家土蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004369
武者小路千家土蔵(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/195369
千家と官休庵の歴史、三千家系譜、歴代家元(武者小路千家官休庵公式サイト)
https://www.mushakouji-senke.or.jp/history/

最終更新日: 2026.09.28