横山家住宅旧診療所とは

横山家住宅旧診療所(よこやまけじゅうたくきゅうしんりょうじょ)は、三重県三重郡菰野町大字菰野にある明治後期(1898年から1912年)建築の木造平屋建の建物で、昭和20年(1945年)の改修を経て、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となった。建築面積は59平方メートル。

主屋の東に、棟を南北に通して建つ。屋根は寄棟造の桟瓦葺で、西面には瓦葺の下屋を廊下として付ける。

和風の屋敷の中で、この建物だけが洋風の気配をまとう。見る人の目を最初に引くのは外壁である。

うろこ状の外壁

横山家住宅旧診療所の外壁は、腰の高さまでを木製のシングルで鱗張りにし、その上を竪板張とする。シングルは薄い板を1枚ずつ重ねて張る外装材で、先端を丸くそろえて張ると魚のうろこのような模様になる。菰野町もこのうろこ状の外壁を建物の特徴に挙げている。

軒先は断面を円弧に整え、漆喰で塗り込めている。瓦の寄棟屋根という和風の骨格に、洋風の外装を重ねた形である。文化庁は「特色ある外観が目を引く」と評している。登録番号は24-0279、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

一族の横山陽二氏は、戦後にここで診察を受けた人から、当時は洋館のような趣があったと聞いたと書いている。

診療所として使われた時代

内部は南から旧待合室、旧診察室、旧レントゲン室の順に並ぶ。部屋の並びそのものが、診療所だった時代を伝えている。

菰野町は、この建物が昭和20年(1945年)から診療所として使われたと紹介している。横山氏の文章によれば、一家は戦争が激しくなる前に名古屋から菰野へ疎開し、戦地から戻った当主の外科医が、戦後5年ほど菰野で診療を続けた。一家が名古屋へ戻ったのは昭和25年(1950年)である。

同じ文章は、大正期に一族から衆議院議員が出たとき、この建物が選挙事務所のように使われたとも伝えている。

見学のしかた

横山家住宅旧診療所の内部は常時公開されていない。うろこ状の外壁は屋敷の東側にあり、見学会で敷地に入ったときに近くで見られる。

見学の条件は催しごとに異なるので、横山家住宅のページで確かめてから申し込みたい。

Q&A

Q横山家住宅旧診療所はいつ建てられましたか。
A明治後期(1898年から1912年)の建築で、昭和20年(1945年)に改修されました。令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となりました。
Q横山家住宅旧診療所の外壁にはどんな特徴がありますか。
A腰高までを木製のシングルでうろこ状に張り、上部を竪板張としています。軒先は断面を円弧にして漆喰で塗り込めています。
Q横山家住宅旧診療所の中はどうなっていますか。
A南から旧待合室、旧診察室、旧レントゲン室が並んでいます。
Q横山家住宅旧診療所はいつ診療所として使われましたか。
A菰野町は昭和20年(1945年)から診療所として使われたと紹介しています。一族の記録では、戦後5年ほど当主の外科医がここで診療を続けました。
Q横山家住宅旧診療所は見学できますか。
A常時公開はしていません。見学は予約制の催しに限られ、内部に入れるかどうかは催しによって異なります。

基本データ

名称横山家住宅旧診療所(よこやまけじゅうたくきゅうしんりょうじょ)
所在地三重県三重郡菰野町大字菰野字中里2657
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0279
指定年令和2年(2020年)4月3日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積59平方メートル
所有者株式会社ワイワイ
公開状況常時非公開。見学会の予約制

参考文献

国指定文化財等データベース 横山家住宅旧診療所(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013264
文化遺産オンライン 横山家住宅旧診療所
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/445173
文化財の紹介【国登録】横山家住宅(菰野町)
https://www2.town.komono.mie.jp/site/kankou/2028.html
こもの文化財だより 第34号 菰野横山邸園の魅力を磁力に(菰野町教育委員会)
https://www2.town.komono.mie.jp/uploaded/attachment/5101.pdf

最終更新日: 2026.09.27