横山家住宅主屋とは
横山家住宅主屋(よこやまけじゅうたくおもや)は、三重県三重郡菰野町大字菰野にある江戸末期(1830年から1868年)建築の木造平屋建の農家住宅で、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となった。建築面積は175平方メートル、屋根は瓦葺で一部を金属板葺とする。
屋敷のほぼ中央に建ち、西の書院、北の土蔵、東の旧診療所はいずれもこの主屋を基準に配置されている。
一族の横山陽二氏が「こもの文化財だより」に寄せた文章によると、前の主屋は嘉永7年(1854年)の安政伊賀地震で倒れ、そのあとに今の横山家住宅主屋が建てられたと家に伝わる。当時の当主は菰野藩の代官に任じられており、代官の屋敷として建てられたことになる。
起りのある入母屋屋根
横山家住宅主屋の外観を決めているのは屋根である。入母屋造で、起りを付けた桟瓦葺とする。起りは屋根面をわずかに上へふくらませる形で、重い瓦屋根にやわらかな線を与える。
南面の西寄りには千鳥破風を据え、四周に下屋をめぐらせる。玄関には切妻の庇を付ける。文化庁はこうした構えを「重厚な外観」と表し、上層農家の住宅と位置づけている。
もとは茅葺だった。同じ文章によれば、大正8年(1919年)に茅から桟瓦へ葺き替えられた。文化庁のデータベースも大正8年の改修を記している。いま見る起りの付いた瓦屋根は、このときの姿である。
土間と床上の間取り
横山家住宅主屋の平面は、東を土間、西を床上とする。床上のうち仏間には床と仏壇を設ける。代官を務めた家の主屋でありながら、骨組みは近世の上層農家の形そのものである。
昭和前期には厨房が、昭和40年(1965年)ごろには浴室が増築された。登録番号は24-0276、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
見学のしかた
横山家住宅主屋は敷地の中央にあり、正門から続く切石敷の先に玄関を構える。南面の千鳥破風と玄関の庇は、正門をくぐって玄関前庭に立つとよく見える位置にある。
内部は常時公開されておらず、見学会でどこまで入れるかも催しごとに異なる。申し込みの際に確かめたい。屋敷全体の見学条件と行き方は横山家住宅のページで扱っている。
Q&A
- 横山家住宅主屋はいつ建てられましたか。
- 文化庁のデータベースは江戸末期(1830年から1868年)としています。一族には、嘉永7年(1854年)の安政伊賀地震で前の主屋が倒れたあとに再建されたと伝わります。
- 横山家住宅主屋の屋根にはどんな特徴がありますか。
- 入母屋造で起りを付けた桟瓦葺とし、南面の西寄りに千鳥破風を設けています。もとは茅葺で、大正8年(1919年)に桟瓦葺へ改められました。
- 横山家住宅主屋の間取りはどうなっていますか。
- 東が土間、西が床上です。仏間には床と仏壇を設けています。昭和前期に厨房、昭和40年(1965年)ごろに浴室が増築されました。
- 横山家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 重厚な外観をもつ上層農家の住宅として、令和2年(2020年)4月3日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。登録番号は24-0276です。
- 横山家住宅主屋は見学できますか。
- 常時公開はしていません。見学は所有者などが開く催しの予約制で、主屋のどこまで入れるかは催しによって異なります。
基本データ
| 名称 | 横山家住宅主屋(よこやまけじゅうたくおもや) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県三重郡菰野町大字菰野字中里2657 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0276 |
| 指定年 | 令和2年(2020年)4月3日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺一部金属板葺、建築面積175平方メートル |
| 所有者 | 株式会社ワイワイ |
| 公開状況 | 常時非公開。見学会の予約制 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 横山家住宅主屋(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013261
- 文化遺産オンライン 横山家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/449990
- 文化財の紹介【国登録】横山家住宅(菰野町)
- https://www2.town.komono.mie.jp/site/kankou/2028.html
- こもの文化財だより 第34号 菰野横山邸園の魅力を磁力に(菰野町教育委員会)
- https://www2.town.komono.mie.jp/uploaded/attachment/5101.pdf
最終更新日: 2026.09.27