横山家住宅正門とは

横山家住宅正門(よこやまけじゅうたくせいもん)は、三重県三重郡菰野町大字菰野にある江戸後期(1751年から1830年)建築の木造・瓦葺の薬医門で、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となった。間口は4.2メートル。

主屋の南東に、南を向いて建つ。昭和40年(1965年)ごろに改修を受けている。横山家住宅の6件のなかでいちばん古い。

一族の横山陽二氏の文章によると、建築年代は家伝と部材の傷み具合から判断された。東側の鬼瓦には「勢州/三重郡/智積村/瓦屋伊兵衛」の銘があり、地元の瓦屋の名を今に残している。

薬医門の構え

屋根は切妻造で、起りを付けた桟瓦葺とする。主屋の屋根と同じく、瓦屋根の面がわずかにふくらむ。

門柱は五平使い、つまり断面が長方形の柱を使う。板戸を左右に引き分けて建て込み、東の脇間に潜戸を設ける。冠木(かぶき)を両側の妻面まで延ばし、両妻では控柱の上の桁に梁を掛け渡して軒桁を据える。本柱と控柱にまたがる大きな切妻屋根をこうして支えるのが、薬医門の骨組みである。

文化庁は横山家住宅正門を「造形の規範となっているもの」の基準で登録した。登録番号は24-0281である。菰野町は、表面の漆喰塗や軒内の土間の石張りが、旧家の屋敷構えに風格を添えていると紹介している。

重森三玲の手が入った足元

横山家住宅正門の軒下の土間は石敷で、そこに通る水切溝は昭和43年(1968年)に重森三玲が庭を造ったときのものである。江戸後期の門の足元に、昭和の作庭家の仕事が加わっている。

門を入ると、主屋の玄関に向かって切石が斜めに延びる。この玄関前庭も重森の作庭の一部である。横山氏の文章によれば、それ以前は今の通路の東側に細い通路があり、そこを通って正門をくぐっていた。

見学のしかた

見学会の日には、横山家住宅正門が屋敷への入口になる。門をくぐる前に、鬼瓦と起りの付いた屋根の線を見上げておきたい。足元の石敷と水切溝は、門を通り抜けながら確かめられる。

催しのない日に門の内側へ入ることはできない。見学の条件と行き方は横山家住宅のページにまとめた。

Q&A

Q横山家住宅正門はいつ建てられましたか。
A江戸後期(1751年から1830年)の建築とされ、昭和40年(1965年)ごろに改修されました。横山家住宅の登録建造物のなかで最も古い建物です。
Q横山家住宅正門はどんな形式の門ですか。
A薬医門です。切妻造で起りを付けた桟瓦葺の屋根をもち、板戸を引き分けに建て込み、東の脇間に潜戸を設けています。間口は4.2メートルです。
Q横山家住宅正門の鬼瓦には何が刻まれていますか。
A東側の鬼瓦に「勢州/三重郡/智積村/瓦屋伊兵衛」の銘があります。
Q横山家住宅正門と重森三玲にはどんな関係がありますか。
A門の軒下の石敷の水切溝は、昭和43年(1968年)に重森三玲が庭を造ったときのものです。
Q横山家住宅正門は見学できますか。
A見学会の日には屋敷への入口として通ります。催しのない日に門の内側へ入ることはできません。

基本データ

名称横山家住宅正門(よこやまけじゅうたくせいもん)
所在地三重県三重郡菰野町大字菰野字中里2657
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0281
指定年令和2年(2020年)4月3日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、間口4.2メートル
所有者株式会社ワイワイ
公開状況常時非公開。見学会の予約制

参考文献

国指定文化財等データベース 横山家住宅正門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013266
文化遺産オンライン 横山家住宅正門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/411875
文化財の紹介【国登録】横山家住宅(菰野町)
https://www2.town.komono.mie.jp/site/kankou/2028.html
こもの文化財だより 第34号 菰野横山邸園の魅力を磁力に(菰野町教育委員会)
https://www2.town.komono.mie.jp/uploaded/attachment/5101.pdf

最終更新日: 2026.09.27