横山家住宅尽日庵とは

横山家住宅尽日庵(よこやまけじゅうたくじんじつあん)は、三重県三重郡菰野町大字菰野にある明治中期(1883年から1897年)建築の木造平屋建の茶室で、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となった。建築面積は19平方メートル、切妻造の桟瓦葺とする。

書院の南西、庭の奥に建つ。もとから菰野にあった建物ではなく、昭和43年(1968年)ごろにここへ移されてきた。

菰野町によると、名古屋の表千家の茶人、吉田紹敬(よしだじょうけい)の好みをもとに設計された茶室である。一族の横山陽二氏の文章によれば、紹敬による起こし絵(組み立て式の図面)がいまも残る。

2度の移築

横山家住宅尽日庵は、ここに落ち着くまでに2度動いている。文化庁のデータベースは移築を昭和27年(1952年)ごろと昭和43年(1968年)ごろの2回と記す。

横山氏の文章はその経緯を具体的に伝える。尽日庵は春日井の旧家にあったものを、昭和27年に名古屋の成田家が譲り受けた。成田家は横山家の縁戚で、紹敬の孫で茶人の吉田堯文と親しかったことが縁になったという。昭和43年に書院の新築と庭の造り替えにあわせて菰野へ移され、その年の11月10日に吉田堯文の点前で席披きが行われた。

明治の茶室が、茶人の家筋の縁をたどって3つの家を渡り歩いた。この来歴も尽日庵の一部である。

草庵の構成

外観は草庵風で、北の庇に躙口を、東の庇に濡縁を設けて貴人口を開く。客は書院の西妻にある腰掛待合で待ち、飛石をたどって茶室へ導かれる。

内部は二畳台目である。西面に洞床(ほらどこ)を設け、その前に板床を入れる。洞床は床の間の内側を塗り回して、洞窟のように奥まった形にしたもので、狭い席に奥行きを感じさせる。南から西へは縁をめぐらせ、西には水屋が張り出す。

文化庁は横山家住宅尽日庵を近代数寄屋造の好例と評し、「造形の規範となっているもの」の基準で登録した。登録番号は24-0278である。6件のうちこの基準で登録されたのは、尽日庵と正門の2件だけである。

見学のしかた

横山家住宅尽日庵は屋敷のいちばん奥、露地の中にあり、敷地の外からは見えない。内部の公開もない。

書院の縁や腰掛待合からは、飛石の先に尽日庵の屋根と庇が見える。見学会の開催状況は横山家住宅のページで確かめてほしい。

Q&A

Q横山家住宅尽日庵の読み方は何ですか。
A「よこやまけじゅうたくじんじつあん」です。文化庁の国指定文化財等データベースのふりがなによります。
Q横山家住宅尽日庵は誰が設計した茶室ですか。
A菰野町によると、名古屋の表千家の茶人、吉田紹敬の好みをもとに設計されました。紹敬による起こし絵が残っています。
Q横山家住宅尽日庵はいつ菰野に移されましたか。
A昭和43年(1968年)ごろです。それ以前、昭和27年(1952年)ごろにも移築されており、移築は2度にわたります。
Q横山家住宅尽日庵の内部はどうなっていますか。
A二畳台目で、西面の洞床の前に板床を入れています。北の庇に躙口、東の庇に貴人口を開き、西に水屋が張り出します。
Q横山家住宅尽日庵は見学できますか。
A常時公開はしていません。庭の奥にあるため敷地の外からも見えず、見学は予約制の催しに限られます。

基本データ

名称横山家住宅尽日庵(よこやまけじゅうたくじんじつあん)
所在地三重県三重郡菰野町大字菰野字中里2656
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0278
指定年令和2年(2020年)4月3日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺一部金属板葺、建築面積19平方メートル
所有者株式会社ワイワイ
公開状況常時非公開。見学会の予約制

参考文献

国指定文化財等データベース 横山家住宅尽日庵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013263
文化遺産オンライン 横山家住宅尽日庵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/430572
文化財の紹介【国登録】横山家住宅(菰野町)
https://www2.town.komono.mie.jp/site/kankou/2028.html
こもの文化財だより 第34号 菰野横山邸園の魅力を磁力に(菰野町教育委員会)
https://www2.town.komono.mie.jp/uploaded/attachment/5101.pdf

最終更新日: 2026.09.27