ボイラーの燃料を蓄えた小屋

宮城野納豆製造所亜炭小屋は、宮城県仙台市宮城野区銀杏町の宮城野納豆製造所にある昭和25年(1950年)頃の木造平屋の小屋で、隣のボイラー室で燃やす亜炭を蓄えた燃料庫として、令和元年(2019年)9月10日に国の登録有形文化財となった。

ボイラー室から南東へ離れた敷地の境に、西を向いて建つ。屋根は一方向にだけ傾く片流れの鉄板葺で、正面と側面は壁で閉じずに開け放し、正面の中央を除いて下見板張の腰壁を立てている。

構造は木造平屋建、金属板葺で、建築面積は13平方メートル。登録された7棟のうち最も小さい建物である。

登録の理由と価値

宮城野納豆製造所亜炭小屋の登録番号は04-173、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、ボイラー室とともに近代食品工場の動力設備の様相を伝えていると評している。

亜炭は炭化の進んでいない低品位の石炭で、ボイラーの燃料に使われた。燃料小屋は、燃料が石油やガスに替わると役目を失い、取り壊されやすい建物である。それがボイラー室と対で残っていることで、工場の熱がどこから来ていたかを、燃料の搬入から燃焼までの順にたどることができる。

13平方メートルの小屋が単独で登録されている点にも、この工場の登録の考え方が表れている。大きな建物だけでなく、工程を支えた小さな建物までを含めてはじめて、昭和の食品工場の全体像がそろう。

見どころ ― 街路側の跳上げ戸

宮城野納豆製造所亜炭小屋の構成は単純だが、使い勝手がよく考えられている。敷地の内側に向く正面と側面は開け放しで、腰壁の高さまでだけ板を張る。燃料を取り出すときに出し入れしやすく、風も通る。

街路に面した背面が、亜炭の搬入口である。ここには内側へ開く跳上げ戸が付いている。燃料は道路側から直接小屋へ入れられ、敷地の内側からボイラー室へ運ばれた。外からの搬入と内での使用を、小屋の表と裏で分けた造りになっている。

小屋の背面は街路に面しており、燃料の出入りが敷地の境で完結していたことがわかる。

見学について

宮城野納豆製造所亜炭小屋は操業中の工場の敷地内にあり、一般の立ち入りはできない。敷地は塀に囲まれている。

撮影の可否を示す告知は確認できなかった。道路側から撮影する場合も、操業中の工場と周辺の住宅に配慮したい。敷地への行き方と見学の問い合わせ先は、宮城野納豆製造所のページにまとめてある。

Q&A

Q宮城野納豆製造所亜炭小屋は何に使われていたのですか?
A隣のボイラー室で燃料として使う亜炭を保管する小屋でした。
Q宮城野納豆製造所亜炭小屋はいつ建てられましたか?
A昭和25年(1950年)頃の建築です。
Q宮城野納豆製造所亜炭小屋の大きさは?
A木造平屋建、金属板葺の片流れ屋根で、建築面積は13平方メートル。登録された7棟のうち最も小さい建物です。
Q宮城野納豆製造所亜炭小屋はなぜ登録有形文化財なのですか?
Aボイラー室とともに近代食品工場の動力設備の様相を伝える点が評価されました。令和元年(2019年)9月10日登録、登録番号は04-173です。
Q宮城野納豆製造所亜炭小屋は見学できますか?
Aできません。操業中の工場の敷地内にあり、一般の立ち入りはできません。

基本情報

名称宮城野納豆製造所亜炭小屋
所在地宮城県仙台市宮城野区銀杏町663他(郵便表記は銀杏町4-29)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和元年(2019年)9月10日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、金属板葺、建築面積13平方メートル
所有者有限会社宮城野納豆製造所
公開状況非公開(稼働中の工場。敷地は塀に囲まれ立ち入り不可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 宮城野納豆製造所亜炭小屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012865
文化遺産オンライン ― 宮城野納豆製造所亜炭小屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/413595
仙台市の指定・登録文化財 ― 宮城野納豆製造所亜炭小屋(仙台市教育委員会)
https://www.sendai-c.ed.jp/~bunkazai/shiteidb/c03057.html
仙台市 仙台市の指定・登録文化財
https://www.city.sendai.jp/bunkazai-kanri/kurashi/manabu/kyoiku/inkai/bunkazai/bunkazai/toroku.html

最終更新日: 2026.09.25