無量寺衆寮とは

無量寺衆寮(むりょうじしゅりょう)は、長野県松本市会田にある曹洞宗寺院の衆寮で、江戸末期(1830年から1867年)の建築とされ、平成17年(2005年)11月10日に登録有形文化財となった。

衆寮は、禅宗の寺で修行僧が経を読み、日々を過ごすための寮舎を指す呼び名である。無量寺衆寮は本堂の南西に建つ木造平屋建で、屋根は寄棟造。建築面積は94平方メートルある。

登録の理由:本堂と同じ系統の造り

無量寺衆寮は登録番号20-0199、「造形の規範となっているもの」として登録された。

年代の記述には幅がある。文化庁のデータベースは年代欄を江戸末期(1830年から1867年)とする一方、解説文ではたちの高い軸組や出桁造の軒まわりから、本堂などと同時期の建築と考えられるとも述べる。本堂は文化7年から9年(1810年から1812年)の再建である。

どちらの年代をとるにせよ、造りの上で本堂・庫裏と同じ系統に属することは、文化庁の解説がはっきり示している。

中央を貫く通路と左右の部屋

無量寺衆寮は東西に棟を通す寄棟造で、桁行9間半、梁間3間。中央に幅1間半の通路を通し、その左右を部屋としている。一時は住居としても使われた。

松本市の資料によると、柱の高さは13尺2寸(約4メートル)、角柱は4寸角。外壁は化粧貫を見せた漆喰塗である。

屋根はもと小麦藁で葺かれていたが、いまは長尺鉄板の瓦棒葺に改められている。文化庁のデータベースは屋根を「茅葺(鉄板覆)」と記しており、藁の屋根の形を保ったまま鉄板をかぶせた姿と読める。

無量寺衆寮の見学

無量寺衆寮の内部公開について、公表された案内は見当たらない。見学は外観にとどめたい。

東西に長い建物なので、桁行9間半の長い軒をとらえるには南北どちらかの側から見るとよい。本堂の南西にあり、本堂正面の鐘楼堂からも近い。境内への行き方と問い合わせ先は無量寺のページにまとめてある。

Q&A

Q無量寺衆寮とはどんな建物ですか?
A禅宗の寺で修行僧が起居し学ぶための寮舎です。無量寺衆寮は本堂の南西に建つ木造平屋建の寄棟造で、一時は住居としても使われました。
Q無量寺衆寮はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースの年代欄は江戸末期(1830年から1867年)です。解説文では、造りから本堂(1810年から1812年の再建)などと同時期の建築と考えられるとも述べています。
Q無量寺衆寮はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A平成17年(2005年)11月10日に「造形の規範となっているもの」として登録されました。たちの高い軸組や出桁造の軒まわりなど、本堂と同じ系統の造りが評価されています。
Q無量寺衆寮の間取りはどうなっていますか?
A桁行9間半、梁間3間で、中央に幅1間半の通路を通し、左右を部屋としています。
Q無量寺衆寮の中は見学できますか?
A内部公開について公表された案内は見当たりません。見学は外観にとどめてください。

基本情報

名称無量寺衆寮(むりょうじしゅりょう)
所在地長野県松本市会田岩井堂3111
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号20-0199
指定年平成17年(2005年)11月10日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺(鉄板仮葺)、建築面積94平方メートル
所有者宗教法人無量寺
公開状況内部公開の案内なし(外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース 無量寺衆寮(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004963
無量寺〔6棟〕(松本市)
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3794.html

最終更新日: 2026.09.27