中村家住宅主屋とは

中村家住宅主屋は、長野県安曇野市三郷温に建つ江戸時代後期(1751年から1829年の間)の民家の主屋で、平成18年(2006年)3月27日に登録有形文化財に登録された。文化庁のデータベースでの読みは「なかむらけじゅうたくしゅおく」である。

敷地の中央からやや西に寄った位置に、東を正面にして建つ。規模は桁行8間半、梁間7間半で、建築面積は243平方メートル。1間はおよそ1.8メートルなので、一辺が15メートル前後の大きな家になる。木造平屋建で、屋根は切妻造・桟瓦葺、妻側を入口とする妻入の本棟造である。

桁行と梁間の差は1間しかなく、平面は正方形に近い。切妻屋根の三角形の妻面を正面に大きく見せる本棟造の姿は、この奥行きの深い平面と組になっている。

登録の理由と価値

中村家住宅主屋は、造形の規範となっているものという基準で登録された。文化庁の解説が年代の手がかりとして挙げるのは、差鴨居を比較的多く用いている点である。

差鴨居は、柱と柱のあいだに渡す背の高い鴨居で、上の荷重を受け止める梁の役目も兼ねる。これを多く使えば部屋の境の柱を減らし、建具を外したときに広い一続きの空間をつくれる。江戸時代後期の民家に多い手法で、中村家住宅主屋の年代をその時期に置く根拠になっている。

文化庁のデータベースは年代を江戸後期とし、西暦では1751年から1829年という幅で示している。建築年を1年に絞り込む史料は、公開されている資料には挙がっていない。

間取りの見どころ

中村家住宅主屋の間取りは、北側に土間をとり、その奥を台所とする。南側は床上の部屋で、9坪の「オエ」を中心に6つの部屋が並ぶ。9坪は畳にしておよそ18畳分にあたる。オエは長野県の民家で家族の居間にあたる部屋を指す呼び名で、この家では6室の要の位置を占めている。

東を向いて建つので、正面に立つと右手の北側が土間、左手の南側が床上の部屋になる。作業と煮炊きの場を北に、暮らしと接客の部屋を日当たりのよい南にまとめる構成である。

主屋の前、東側には表庭が開け、その南に表土蔵が建つ。主屋と表土蔵のあいだは門と塀でつながれ、表庭と中庭が仕切られている。中村家住宅主屋は、この門と塀を含めた屋敷の構えの中心に位置している。

見学方法

中村家住宅主屋は個人の住宅で、内部の公開は行われていない。敷地に立ち入ることはできず、見学や撮影の申し込みを受け付ける窓口の案内も出ていない(2026年9月時点)。

屋敷の所在地と見学にあたっての注意は、中村家住宅(安曇野市)のページにまとめてある。

Q&A

Q中村家住宅主屋(安曇野市)はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースは中村家住宅主屋の年代を江戸時代後期とし、西暦で1751年から1829年の間としています。建築年を1年に特定する資料は公開されていません。
Q中村家住宅主屋の本棟造とはどのような形式ですか?
A切妻造の大きな屋根の妻側を正面に向け、そこを入口とする妻入の民家形式で、長野県の中信地方に多くみられます。中村家住宅主屋は桟瓦葺の木造平屋建で、平面は正方形に近い形です。
Q中村家住宅主屋は見学できますか?
A中村家住宅主屋は個人の住宅で、一般公開は行われていません。敷地への立ち入りはできず、見学の受付窓口もありません(2026年9月時点)。
Q中村家住宅主屋の大きさはどれくらいですか?
A桁行8間半、梁間7間半で、建築面積は243平方メートルです。1間をおよそ1.8メートルとすると、一辺が15メートル前後になります。
Q中村家住宅主屋はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成18年(2006年)3月27日に登録されました。登録番号は20-0255で、同じ屋敷の表土蔵・裏土蔵・納屋・門及び塀とあわせて5棟が同時に登録されています。

基本情報

名称中村家住宅主屋
所在地長野県安曇野市三郷温2517-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)3月27日登録
員数1棟
寸法桁行8間半、梁間7間半、建築面積243平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(個人の住宅)
公開状況非公開(個人の住宅)

参考文献

中村家住宅主屋(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005434
中村家住宅主屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/170742
文化財一覧(安曇野市教育委員会)
https://www.city.azumino.nagano.jp/site/kyoiku/10156.html

最終更新日: 2026.09.25