いまも建つ最も古いもの

敷地の北寄りに離れて建つ一号倉は、登録された十件のうちで最も素朴でありながら、ある意味では最も重要な一棟である。当地で醸造が始まって以来の遺構と考えられており、切妻の桟瓦屋根をもつ土蔵造二階建、建築面積は約五十四平方メートルである。

つくりは簡素だ。壁は白漆喰で仕上げ、腰は鉄板で養生して傷みと風雨を防ぐ。西側の下屋が戸口をなす。各階は一室で、小屋は桁行中央間に梁を渡す。東妻には漆喰を吉の字にかたどっている。

見た目より古い

この建物には二つの年代があり、その組み合わせが小さな来歴を伝える。躯体は明治中期、おおよそ一八八三年から一八九七年のものだが、現在の位置へ移されたのは大正十五年(一九二六年)である。つまり一号倉は、いま建つ場所よりも古い。屋敷地が造り替えられていくなかで、敷地内を運ばれてきた生き残りなのだ。

その来歴ゆえに、登録では歴史的景観への寄与が挙げられている。北辺に立ってその側の景観を構成し、のちの壮大な建物群を、この地の実務的な始まりへとつなぎとめる。吉澤仁太郎が薬酒の事業を起こしたのは明治十七年で、この蔵は最初期の年月を知る証人にもっとも近い存在である。

見学にあたって

一号倉は外から読むのがよい。主屋寄りの建物の色漆喰とは対照的な、この蔵の抑制がはっきり際立つ。腰の鉄板と東妻の吉の字を探してみたい。どちらも足早に通ると見落としやすい。

屋敷地は長岡市の所有で、土曜・日曜・祝日に公開される。外観は自由に見られる。案内見学では、この静かな一棟が見せ場の建物と対置され、その古さがいっそう分かりやすくなる。

Q&A

Qなぜ二つの異なる年代があるのですか。
A躯体は明治中期のものですが、大正十五年に現在地へ移築されました。そのため、いま建つ場所よりも建物自体が古いのです。
Q東妻の文字は何ですか。
A漆喰を吉の字にかたどったもので、この地方の蔵によく見られる縁起の印です。
Qこの建物の意義はどこにありますか。
A当地で醸造が始まって以来の遺構とされ、屋敷全体を実務的な起源へと結びつける点にあります。
Q腰が鉄板で覆われているのはなぜですか。
A下部の漆喰壁を湿気や衝撃から守るためで、実働する蔵に広くみられる工夫です。
Q内部に入れますか。
A内部は通常の公開ルートには含まれません。土日祝に開かれる敷地内から、外観を見るのがよいでしょう。

基本情報

名称旧機那サフラン酒製造本舗一号倉
所在地新潟県長岡市摂田屋四丁目2273-1他
指定区分登録有形文化財(令和3年2月4日登録)
年代明治中期(1883〜1897年)/大正15年(1926年)移築
構造土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約54㎡
員数1棟
所有者長岡市
公開土日祝に外観自由

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 旧機那サフラン酒製造本舗一号倉
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013526
長岡市 旧機那サフラン酒製造本舗
https://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/miru/brewing/kina-saffron.html
摂田屋・宮内 機那サフラン酒
https://settaya-miyauchi.jp/kinasaffron/
nippon.com 醸造の町・長岡「摂田屋地区」
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900174/

最終更新日: 2026.07.09