弘化2年の棟札を持つ酒蔵

平田大六家住宅酒蔵は、新潟県岩船郡関川村小見にある江戸時代後期の酒造用の蔵で、東側部分が弘化2年(1845年)に建てられ、平成11年(1999年)10月14日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。読みは「さかぐら」。元禄年間から酒造業を営んだ平田家の屋敷にあり、主屋の真北に主屋と平行して建つ。

土蔵造の平屋建で、一部が2階建になる。屋根は瓦葺、建築面積は119平方メートル。平面は桁行9間・梁間4間の東西に長い形で、登録番号は15-0037である。

二つの時代をつないだ9間の蔵

平田大六家住宅酒蔵は、ひと続きの建物に見えて、建てられた時期が二つに分かれる。東側の5間分は棟札から弘化2年の建築と分かり、西側の4間分は明治初期ごろの増築とされる。江戸時代の蔵を、明治に入って西へ延ばした形である。

用途は酒の仕込みと貯蔵だった。平田家が酒造業を営んでいた時期、ここで酒を仕込み、できた酒を蓄えていた。屋敷の建物のうち、酒造りの中心を担ったのがこの蔵である。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。江戸後期の年代が棟札で確かめられること、そして主屋と対になる位置を占めることで、平田大六家住宅酒蔵は酒造家の屋敷構えの骨格をなしている。

見どころ:2階の床組と棟の向き

文化庁の解説によれば、内部では梁間のうち2間分に2階の床組が設けられている。奥行き4間の半分だけに床を張った形で、残る半分は小屋裏まで開いていたと読める。

配置の上では棟の向きに意味がある。平田大六家住宅酒蔵は東西棟で、南側の主屋と平行に並ぶ。主屋とのあいだには天保6年(1835年)の土蔵が挟まり、北東には酒母蔵が建つ。住まいのすぐ裏手に、酒造りの主力となる建物を置いた配置である。

年代の違う東西の部分がどこで切り替わるのか、外観で見分けられるのかは、公表された資料からは確認できなかった。ただ、5間と4間という区切りは解説に明記されており、東端から5間を過ぎた先が明治の増築にあたる。

見学方法

平田大六家住宅酒蔵は内部を含めて公開されておらず、一般公開の案内も確認できない(2026年9月25日確認)。2階の床組など内部の特徴は、文化庁のデータベースの記述で知るほかない。屋敷地の北側、主屋の裏手に位置するため、敷地の外からどこまで見えるかも確かではない。

Q&A

Q平田大六家住宅酒蔵はいつ建てられましたか?
A東側の5間分が弘化2年(1845年)の建築で、棟札で確認されています。西側の4間分は明治初期ごろの増築とされます。
Q平田大六家住宅酒蔵は何に使われていた建物ですか?
A平田家が酒造業を営んでいた時期に、酒を仕込み、貯蔵する蔵として使われていました。現在、酒造りは行われていません。
Q平田大六家住宅酒蔵は見学できますか?
A一般公開の案内は確認できません(2026年9月25日確認)。内部は非公開です。
Q平田大六家住宅酒蔵の文化財としての区分と登録年は?
A登録有形文化財(建造物)で、平成11年(1999年)10月14日に登録されました。登録番号は15-0037です。
Q平田大六家住宅酒蔵の構造と大きさは?
A土蔵造の平屋建で一部が2階建、瓦葺です。桁行9間・梁間4間、建築面積は119平方メートルで、内部の梁間2間分に2階の床組があります。

基本情報

名称平田大六家住宅酒蔵
所在地新潟県岩船郡関川村小見237
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成11年(1999年)10月14日登録
員数1棟
寸法土蔵造平屋建一部2階建、瓦葺、桁行9間・梁間4間、建築面積119平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況一般公開の案内なし(2026年9月25日確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) ― 平田大六家住宅酒蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001331
国指定文化財等データベース(文化庁) ― 平田大六家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001328

最終更新日: 2026.09.25