主屋の南東に北を向く蔵

伊藤家住宅米蔵は、新潟県五泉市羽下にある明治12年(1879年)建築の土蔵造平屋建の蔵で、平成17年(2005年)7月12日に登録有形文化財に登録された。

主屋の南東に、北を向いて建つ。桁行は約6間(約11メートル)、梁間は約2間半(約4.5メートル)、建築面積51平方メートル。切妻造桟瓦葺で、屋根は本体とは別に載せる置き屋根とする。

内部は床を張り、棟通りのやや東寄りに独立柱を立て、その南に間柱を並べて緩やかに仕切る。米俵を積み分けるための仕切りで、蔵の使い方がそのまま柱の位置になっている。

庄屋の家の経済がここにあった

伊藤家は江戸時代後期に庄屋を務めた家である。年貢や小作米を受け取り、蔵に納め、必要に応じて売る。伊藤家住宅米蔵は、その流れの終点にあたる建物だった。6棟のうちでは明治9年(1876年)の家財蔵に次いで古い。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、切石積の基礎を築き、軒に鉢巻、腰に水切を廻すなど丁寧な造りになっている点を挙げる。倉庫であっても仕上げを省いていない。

鉢巻と水切を見る

見どころは壁面の水仕舞いにある。軒下を一周する帯を鉢巻、腰に廻した突帯を水切と呼ぶ。どちらも壁を伝う雨水を切って土壁に染み込ませないための造作で、装飾に見えて機能が先にある。雪の多い土地では、腰まわりの濡れをどう逃がすかが蔵の寿命を決める。

基礎は切石積。地面と土壁のあいだに石を挟むことで、地面からの湿気を断つ。伊藤家住宅米蔵を外から観察するなら、上から下へ、鉢巻、白壁、水切、切石の順に目を落としていくと、雨と雪に対する備えが一列に並んでいるのがわかる。

伊藤家住宅米蔵の見学

伊藤家住宅米蔵は敷地の内側にあり、内部は非公開である。北面は表門と内塀の東側にあたるため、門の前から東へ視線を振ると、蔵の北面と、そこから東へ続く計量場、家財蔵の列が一続きに見える。

敷地には立ち入れない。撮影は公道から外観を撮る範囲にとどめる。稲が刈られたあとの晩秋は、田の側からも屋敷の輪郭が見通しやすい。

Q&A

Q伊藤家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A明治12年(1879年)です。伊藤家住宅の6棟のなかでは明治9年(1876年)の家財蔵に次いで古く、平成17年(2005年)7月12日に登録有形文化財に登録されました。
Q伊藤家住宅米蔵は何に使われていた建物ですか?
A米を納める蔵です。伊藤家は江戸時代後期に庄屋を務めた家で、受け取った米を蔵に納めていました。内部は床を張り、独立柱と間柱で緩やかに仕切られています。
Q伊藤家住宅米蔵の大きさはどれくらいですか?
A桁行約6間(約11メートル)、梁間約2間半(約4.5メートル)、建築面積51平方メートルの平屋建です。
Q伊藤家住宅米蔵の内部は見学できますか?
Aできません。公開は外観のみです。伊藤家住宅米蔵は敷地の内側に建つため、表門の前から北面を眺めるかたちになります。
Q伊藤家住宅米蔵の壁にある帯のような部分は何ですか?
A軒下を廻るものを鉢巻、腰に廻る突帯を水切といいます。壁を伝う雨水を切り、土壁に水が染み込むのを防ぐための造作です。

基本データ

名称伊藤家住宅米蔵(いとうけじゅうたくこめぐら)
所在地新潟県五泉市羽下122
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成17年(2005年)7月12日登録
員数1棟
寸法建築面積51平方メートル、土蔵造平屋建
所有者個人
公開状況外観のみ常時公開、内部非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 伊藤家住宅米蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004737
伊藤家住宅(五泉市公式ホームページ)
https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1791.html
文化財パンフレット「五泉市の文化財」(五泉市教育委員会)
https://www.city.gosen.lg.jp/material/files/group/15/gosensinobunnkazai.pdf

最終更新日: 2026.09.17