諸橋家住宅土蔵とは

諸橋家住宅土蔵(もろはしけじゅうたくどぞう)は、新潟県新潟市江南区茗荷谷にある明治38年(1905年)建築の土蔵造平屋建の蔵で、平成13年(2001年)11月20日に登録有形文化財となった。大正10年(1921年)頃の主屋より16年ほど古く、諸橋家住宅の2棟のうち先に建てられた建物である。

諸橋家住宅土蔵は主屋の南に、北を向いて建つ。建築面積は25平方メートル。内部は桁行方向に2つに分けられ、一方を米蔵、もう一方を物置蔵としている。

置屋根と下屋をもつ蔵の形

諸橋家住宅土蔵の屋根は切妻造の桟瓦葺で、棟と平行な長い側に入口を設ける平入である。屋根は置屋根の形式をとる。土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ屋根を載せるつくりで、屋根と壁のあいだに空気の層ができる。

戸口の前には幅2間(約3.6メートル)の下屋が付く。蔵の正面に小さな屋根が張り出し、出し入れのときに戸口まわりを雨や雪から守る役目をもつ。北を向いた正面に立つと、主屋の側へ向けて開いたこの下屋が、蔵の顔になっていることが分かる。

内部の2室は、米を納める米蔵と、ほかの物をしまう物置蔵である。建築面積25平方メートルの小さな蔵を桁行で二分して使い分けており、湿田の広がる亀田郷で米づくりを営んだ農家の蔵らしい構成といえる。

登録の理由 柱を見せる壁と白い軒蛇腹

諸橋家住宅土蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁が注目したのは外壁の構成だった。

多くの土蔵は柱を土壁の中に塗り込めて、外からは平らな白壁に見せる。諸橋家住宅土蔵は外部を真壁とし、柱を壁の表に見せている。壁の下部(腰)は下見板張で、その上に半間ごと、つまりおよそ90センチメートルの間隔で柱が立ち並ぶ。縦の柱の列が、蔵の側面に規則正しいリズムをつくる。

軒先には漆喰で塗り込めた軒蛇腹を付ける。軒の下に段を重ねて回した帯状の装飾で、柱を見せた素朴な壁面と、白く整えた軒まわりとが組み合わさって変化のある外観になっている。文化庁の解説も、この対比を「変化に富んだ構成」と評している。

諸橋家住宅土蔵の見学

諸橋家住宅土蔵は個人が所有する屋敷の中にあり、いまも諸橋家の暮らしのなかにある建物である。内部は公開されておらず、敷地に入って近づくこともできない。

諸橋家住宅土蔵は主屋の南に建つが、公道からどこまで見えるかは確認できた資料には書かれていなかった。訪れる場合は通りから見える範囲にとどめ、住まいの様子を写さないよう配慮してほしい。

Q&A

Q諸橋家住宅土蔵はいつ建てられたのですか?
A明治38年(1905年)の建築です。大正10年(1921年)頃の主屋より古く、諸橋家住宅の2棟のうち先に建った建物です。
Q諸橋家住宅土蔵は何に使われていたのですか?
A内部を2つに分け、一方を米蔵、もう一方を物置蔵としています。
Q諸橋家住宅土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A柱を見せる真壁の外壁と漆喰塗込の軒蛇腹を組み合わせた、変化のある外観が評価されました。平成13年(2001年)11月20日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されています。
Q諸橋家住宅土蔵の屋根はどんな形ですか?
A切妻造の桟瓦葺で、平入の置屋根です。戸口の前には幅2間の下屋が付いています。
Q諸橋家住宅土蔵の中は見学できますか?
Aできません。個人の屋敷の中にあり、内部も敷地も公開されていません。

基本情報

名称諸橋家住宅土蔵
所在地新潟県新潟市江南区茗荷谷410
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成13年(2001年)11月20日登録
員数1棟
寸法建築面積25平方メートル
所有者個人(新潟市の一覧による)
公開状況非公開(個人の住宅)

参考文献

国指定文化財等データベース 諸橋家住宅土蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002535
国指定文化財等データベース 諸橋家住宅主屋(新潟市江南区、文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002534
新潟市 市に所在する国登録文化財一覧
https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/rekishi/bunkazai/ichiran/touroku.html
新潟市江南区 江南区の歴史
https://www.city.niigata.lg.jp/konan/about/history.html

最終更新日: 2026.10.04