二宮家住宅新奥座敷 ― 昭和10年の接客の離れ

二宮家住宅新奥座敷は、新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野の二宮家の屋敷に昭和10年(1935年)に建てられた木造2階建の座敷棟で、平成18年(2006年)に国の登録有形文化財に登録された。屋根は寄棟造桟瓦葺、建築面積は158平方メートルある。

建物は屋敷地の西南寄りに、棟を南北に通して建つ。外壁は簓子下見板張で、東面に切妻造の玄関を付ける。1階は床の間付きの10畳座敷を中心に組み、2階の南東隅には洋間を置いた。和室の接客棟に洋間を一つ添える構成は、昭和初期の地方の大きな家にしばしば見られた。

「新」奥座敷の名は、明治17年(1884年)の主屋より後に加えられた座敷であることを示している。

登録の理由と価値

二宮家住宅新奥座敷の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。同じ屋敷の15件の中で、この基準で登録されたのは土蔵群とこの座敷棟に限られる。

文化庁の解説が特徴に挙げるのは開口部の取り方で、弁天潟を望む東面と南面を大きく開き、開放的なつくりとしている。伝統的な座敷は庭に向けて開くのが通例だが、この棟は庭の先の潟の水面まで視界に入れることを前提に窓の位置と大きさを決めている。潟の景色を取り込むことが設計の主題になっている点に、昭和の座敷としての新しさがある。

明治17年(1884年)の主屋が藩政期以来の格式を示す建物だとすれば、新奥座敷は昭和前期の二宮家が客をもてなすために整えた空間である。寄棟の落ち着いた屋根と下見板の外壁は周囲の蔵や主屋と調子を合わせており、屋敷の景観の中で違和感なく収まっている。

見どころ

外から見るときは、東面と南面の開口の大きさに注目したい。壁が少なく、建具の並ぶ面が長く続く。2階南東の洋間の位置は、潟をもっとも広く見渡せる角にあたる。

東面の切妻造の玄関は、主屋を通らずにこの座敷へ客を迎えるための入口と考えられる。寄棟の主屋根と切妻の玄関屋根の組み合わせを、少し離れた位置から見比べると、座敷棟としての独立性がよく分かる。

見学方法

二宮家住宅新奥座敷の内部は公開されていない。建物は屋敷地の西南寄りにあり、公開期間の順路からどこまで近づけるかは年によって異なる。

弁天潟に向いた東面と南面の開口を見るには、庭の側から建物を眺めるのがよい。撮影の条件は公開時の案内に従いたい。

よくある質問

Q二宮家住宅新奥座敷はいつ建てられましたか?
A昭和10年(1935年)です。明治17年(1884年)の主屋より半世紀ほど後に加えられた接客用の座敷棟です。
Q二宮家住宅新奥座敷はどんな建物ですか?
A寄棟造・桟瓦葺の木造2階建で、1階に床の間付きの10畳座敷、2階南東に洋間があります。弁天潟を望む東面と南面を大きく開いているのが特徴です。
Q二宮家住宅新奥座敷の中に入れますか?
A入れません。私邸の建物で内部は非公開です。初夏の庭園・バラ園公開の期間に外観を見ることができます。
Q二宮家住宅新奥座敷が登録された理由は何ですか?
A「造形の規範となっているもの」として平成18年(2006年)に登録されました。潟の景色を取り込む開放的な設計が評価されています。
Q二宮家住宅新奥座敷の洋間はどこにありますか?
A2階の南東隅にあります。弁天潟をもっとも広く見渡せる角にあたります。

基本情報

名称二宮家住宅新奥座敷(にのみやけじゅうたくしんおくざしき)
所在地新潟県北蒲原郡聖籠町大字蓮野1087
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積158平方メートル
所有者個人
公開状況私邸のため通常は非公開。毎年初夏の庭園・バラ園公開の期間に屋外から見学できる

参考文献

国指定文化財等データベース「二宮家住宅新奥座敷」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005959
文化遺産オンライン「二宮家住宅新奥座敷」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/118834
二宮家バラ園と日本庭園「二宮家の歴史」
https://ninomiyake.com/ninomiyahistory/

最終更新日: 2026.09.24