二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵 ― 台所を支えた一棟二室の蔵

二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵は、新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野の二宮家の屋敷にある明治26年(1893年)建築の木造平屋建の蔵で、平成18年(2006年)に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は70平方メートルある。

一つの建物を東西に二分し、東側を味噌蔵、西側を飯米蔵として使った。飯米蔵は、家族や奉公人が日々食べる米を納める蔵である。小作米を受け入れた大きな米蔵とは役割が違い、こちらは屋敷の台所に直結する蔵だった。西側の飯米蔵は床を上げ、湿気から米を守っている。

規模は桁行8間半、梁間2間半。切妻造の置屋根に桟瓦葺で、棟を東西に通す。建物は大正8年(1919年)建築の作業場の西に並んで建つ。

登録の理由と価値

二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説が注目するのは南面の構えで、この蔵の土庇が作業場の土庇と連続し、2棟が一体となった南面をつくっている。

明治26年(1893年)の蔵と大正8年(1919年)の作業場は、建てられた時期が四半世紀ほど離れている。それでも軒の線をそろえて土庇を続けたことで、南側には長い一続きの軒下が生まれた。味噌の仕込みや米の出し入れ、農作業の段取りを、雨の日も同じ屋根の下で進められる。暮らしの裏方の動線を建物の並べ方で解いた例として、屋敷の中で独自の価値を持つ。

外壁の仕上げも見ておきたい。腰を簓子下見板張とし、上部を白い漆喰で塗る。土蔵群の海鼠壁ほどの格式は求めず、板で腰を守る実用的な選択である。二宮家の蔵が、用途に応じて仕上げを使い分けていたことが分かる。

見どころ

南側から見て、味噌蔵及び飯米蔵と作業場の土庇が一本の軒のように続く様子を確かめたい。どこで建物が切り替わるかは、屋根の高さと壁の仕上げの違いから読み取れる。

東西で用途が分かれていることは外からは見分けにくいが、西の飯米蔵は床を上げてあるため、戸口まわりの高さに差が出ている可能性がある。近づけるなら足元の基礎の高さに目を向けたい。

見学方法

二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵の内部は公開されていない。作業場の西に並んで建ち、公開期間の順路からどこまで近づけるかは年によって異なる。

土庇の連なりを確かめるには、南側から作業場とあわせて眺めるのがよい。撮影の条件は公開時の案内に従いたい。

よくある質問

Q二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵はいつ建てられましたか?
A明治26年(1893年)です。東隣の作業場は大正8年(1919年)の建築です。
Q二宮家住宅の「飯米蔵」とは何ですか?
A家族や奉公人が日々食べる米を納めた蔵です。小作米を収めた大きな米蔵とは別に、台所用の米を保管しました。
Q二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵の構造は?
A桁行8間半、梁間2間半の木造平屋建で、切妻造の置屋根に桟瓦葺です。東が味噌蔵、西が床を上げた飯米蔵です。
Q二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵は見学できますか?
A内部は非公開です。毎年初夏の庭園・バラ園公開の期間に屋敷が開かれ、外観を見られる場合があります。
Q二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵の外壁の仕上げは?
A腰を簓子下見板張、上部を白漆喰塗としています。土蔵群の海鼠壁より簡素な、実用本位の仕上げです。

基本情報

名称二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵(にのみやけじゅうたくみそぐらおよびはんまいぐら)
所在地新潟県北蒲原郡聖籠町大字蓮野1087
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積70平方メートル
所有者個人
公開状況私邸のため通常は非公開。毎年初夏の庭園・バラ園公開の期間に屋外から見学できる

参考文献

国指定文化財等データベース「二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005963
文化遺産オンライン「二宮家住宅味噌蔵及び飯米蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/141728
国指定文化財等データベース「二宮家住宅作業場」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005962
二宮家バラ園と日本庭園「二宮家の歴史」
https://ninomiyake.com/ninomiyahistory/

最終更新日: 2026.09.24