二宮家住宅一号米蔵 ― 桁行17間半の長大な米蔵

二宮家住宅一号米蔵は、新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野にある明治8年(1875年)建築の木造平屋建の米蔵で、平成18年(2006年)に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は267平方メートルあり、屋敷の登録建物の中では主屋に次ぐ大きさを持つ。

建物は屋敷の北側の前面道路を隔てた北の敷地(大字蓮野1106-1)の中央に、棟を南北に通して建つ。規模は桁行17間半、梁間4間半。切妻造の置屋根に桟瓦葺、長い側面に入口を設ける平入で、東面の全長にわたって土庇を付けている。

二宮家は新発田藩領で名主を務め、のちに庄屋格に遇された千町歩地主で、一号米蔵は小作米を納めた蔵と考えられる。明治35年(1902年)には東北方に二号米蔵が建てられ、2棟の米蔵が並ぶことになった。

登録の理由と価値

二宮家住宅一号米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、豪農の米蔵にふさわしい規模を持つ点を挙げている。

桁行17間半はおよそ32メートルにあたる。東面の全長に土庇を通したことで、長い軒下が俵の積み下ろしの作業場になった。蔵の長さと土庇の長さが、そのまま米の出入りの量を示している。

外壁は柱を見せる真壁造で、腰を簓子下見板張、上部を白い漆喰塗とする。土蔵のように壁を厚く塗り込めるのではなく、木の骨組みを表に出した造りで、土蔵群とは異なる実用本位の仕上げになっている。明治8年(1875年)は主屋が火災で焼けた年でもあり、この米蔵は再建が始まった時期の屋敷を知る建物の一つである。

見どころ

まず長さを確かめたい。東面を端から端まで歩くと、土庇の下に途切れのない軒下が続く。真壁造の外壁では、白漆喰の面を柱が等間隔に区切り、そのリズムが建物の長さをいっそう強調している。

置屋根は、壁で囲った蔵の本体の上に別に組んだ屋根を載せる形式で、蔵に多く用いられる。軒下を見上げると、本体と屋根の取り合いが確かめられる。

見学方法

二宮家住宅一号米蔵は個人が所有する建物で、内部は公開されていない。米蔵は主屋のある屋敷地とは道路を隔てた北の区画に建ち、庭園公開の順路に含まれるかは示されていない。区画内には立ち入らず、公開時の案内に従いたい。

東面の長い土庇を見るには、建物の東側から全体を斜めに見通す位置がよい。撮影の条件は公開時の案内に従いたい。

よくある質問

Q二宮家住宅一号米蔵はいつ建てられましたか?
A明治8年(1875年)です。同じ年に二宮家の主屋は落雷による火事で焼け、その後再建されました。
Q二宮家住宅一号米蔵の大きさは?
A桁行17間半、梁間4間半の木造平屋建で、建築面積は267平方メートルです。屋敷の登録建物では主屋に次ぐ規模です。
Q二宮家住宅一号米蔵はどこにありますか?
A屋敷の北側の道路を隔てた北の敷地(聖籠町大字蓮野1106-1)の中央に建ちます。二号米蔵はその東北に位置します。
Q二宮家住宅一号米蔵の外壁の特徴は?
A柱を見せる真壁造で、腰を簓子下見板張、上部を白漆喰塗としています。東面の全長に土庇を付けています。
Q二宮家住宅一号米蔵は見学できますか?
A内部は非公開です。主屋のある屋敷地とは別の区画にあり、庭園公開の順路に含まれるかは公表されていません。

基本情報

名称二宮家住宅一号米蔵(にのみやけじゅうたくいちごうこめぐら)
所在地新潟県北蒲原郡聖籠町大字蓮野1106-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積267平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。二宮家の屋敷は毎年初夏の庭園・バラ園公開の期間に開かれるが、この米蔵が順路に含まれるかは示されていない

参考文献

国指定文化財等データベース「二宮家住宅一号米蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005987
文化遺産オンライン「二宮家住宅一号米蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/171292
国指定文化財等データベース「二宮家住宅二号米蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005988
二宮家バラ園と日本庭園「日本庭園『静勝園』」
https://ninomiyake.com/seisho-en/

最終更新日: 2026.09.24