二宮家住宅二号米蔵 ― 桁行12間の大きな米蔵

二宮家住宅二号米蔵は、新潟県北蒲原郡聖籠町蓮野にある明治35年(1902年)建築の木造平屋建の米蔵で、平成18年(2006年)に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は183平方メートルある。

規模は桁行12間、梁間4間半。切妻造の置屋根に桟瓦葺、長い側面に入口を設ける平入で、棟を東西に通して建つ。南面には土庇を付け、雨や雪の日でも俵の出し入れができるようにしている。

所在地の地番は大字蓮野1107-1で、二宮家の主屋や土蔵群がある1087番地とは別の区画になる。明治8年(1875年)建築の一号米蔵(1106-1番地)の東北に位置し、2棟の米蔵がまとまって建つ。

登録の理由と価値

二宮家住宅二号米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、この米蔵を豪農の米蔵にふさわしい規模を持つものと評している。

二宮家は新発田藩領の蓮潟興野(現在の蓮野)で名主を務め、のちに代々庄屋格に遇された家で、明治以降は千町歩地主に数えられた。当家の案内によれば、大正6年(1917年)には所有地が968町歩余りに達している。小作人から納められる米を収める蔵として、一号米蔵に続いて2棟目が建てられたと考えられる。明治35年(1902年)という建築年は、大正期にかけて二宮家の所有地が広がっていった時期に重なる。

構造にも時代が表れている。一号米蔵と同じく床下を設けて湿気を避ける伝統的なつくりを踏襲しながら、小屋組にはキングポストトラスを用いた。洋式の三角形の架構で広い梁間を支える方法で、明治の後半には地方の蔵にも広がりつつあった。伝統的な外観の内側に洋式の小屋組を組み込んだ例として注目される。

見どころ

外観でまず目に入るのは長さである。桁行12間はおよそ22メートルにあたり、屋敷の中の土蔵とは比べものにならない。南面に続く土庇の下が、蔵への出し入れの作業場になっていた。

置屋根は、蔵の本体の上に別に組んだ屋根を載せる形式で、蔵に多く用いられる。一般に本体と屋根の間に空気の層ができ、夏の熱や火の粉から蔵を守るとされる。軒下を見上げると、本体と屋根の取り合いが確かめられる。

見学方法

二宮家住宅二号米蔵は個人が所有する建物で、内部は公開されていない。米蔵は主屋のある1087番地とは別の区画(1107-1番地)に建ち、庭園公開の順路に含まれるかは示されていない。

区画内には立ち入らず、公開時の案内に従いたい。一号米蔵と並ぶ2棟の長い屋根の連なりが、この米蔵の見どころである。

よくある質問

Q二宮家住宅二号米蔵はいつ建てられましたか?
A明治35年(1902年)です。明治8年(1875年)の一号米蔵に続いて建てられました。
Q二宮家住宅二号米蔵の大きさは?
A桁行12間、梁間4間半の木造平屋建で、建築面積は183平方メートルです。
Q二宮家住宅二号米蔵の小屋組の特徴は?
A洋式のキングポストトラスを用いています。床下を設ける伝統的なつくりと、洋式の小屋組を組み合わせた点が特徴です。
Q二宮家住宅二号米蔵は見学できますか?
A内部は非公開です。初夏の庭園・バラ園公開は主屋側の敷地で行われ、米蔵が順路に含まれるかは公表されていません。
Q二宮家住宅の一号米蔵と二号米蔵はどう違いますか?
A一号米蔵は明治8年(1875年)の建築で建築面積267平方メートル、二号米蔵は明治35年(1902年)の建築で183平方メートルです。二号米蔵は一号米蔵の東北に建ちます。

基本情報

名称二宮家住宅二号米蔵(にのみやけじゅうたくにごうこめぐら)
所在地新潟県北蒲原郡聖籠町大字蓮野1107-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)11月29日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積183平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。二宮家の屋敷は毎年初夏の庭園・バラ園公開の期間に開かれるが、この米蔵が順路に含まれるかは示されていない

参考文献

国指定文化財等データベース「二宮家住宅二号米蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005988
文化遺産オンライン「二宮家住宅二号米蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185893
国指定文化財等データベース「二宮家住宅一号米蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005987
二宮家バラ園と日本庭園「日本庭園『静勝園』」
https://ninomiyake.com/seisho-en/

最終更新日: 2026.09.24