二宮家住宅主屋

新潟市街の南方、信濃川の東岸にあたる江南区俵柳に、二宮家の農家の主屋が建つ。瓦葺の木造平屋建で、建築面積は約215平方メートル。建立は大正7年(1918年)である。この年代の背景には土地の記憶がある。大正6年(1917年)の水害が川沿いの農地を襲い、その後に主屋が再建されたのである。

この二宮家は本家にあたる。蔵や門が同じく国の登録有形文化財となっている聖籠の地主二宮家は、この家の分家であった。俵柳の家は千町歩の屋敷を構えるというより、川のほとりで田を耕した家であり、主屋もその地に足のついた暮らしを映している。

登録の理由と価値

主屋は平成12年(2000年)、国土の歴史的景観に寄与しているものとして国の登録有形文化財に加えられた。形は伝統に従う。切妻造の瓦屋根を妻側から入る、この地方の農家に通じる妻入の構えである。際立つのは木の仕事のほうだ。柱や梁が珍しく均質にそろっており、大正期までに農村の建築にも及んだ近代的な木材の扱いがうかがえる。そのため、伝統的な農家を二十世紀初頭の技法で建て直した住宅として読める。

この種の家は、古い在郷の形が新しい材料や工法で受け継がれた過渡の一刻を記録している。信濃川沿いの田の中に低く座り、川辺の農村景観のなかに収まっている。それが登録の認める価値である。

訪ね方と、近くで見られる類例

主屋は個人が所有する私邸で、同じ敷地の昭和23年(1948年)の農舎とともに登録されており、一般には公開されていない。今も人が暮らす住まいである点を尊重し、敷地に立ち入らず、公道から眺めるにとどめたい。

この地方の大きな地主の家を内側から見たいなら、同じ江南区の沢海にある北方文化博物館が分かりやすい選択である。伊藤家の旧邸を公開する施設で、越後の豪農の主屋・蔵・庭を歩いて見ることができる。関連する二宮家の蔵群については、聖籠の屋敷が例年5月下旬から6月中旬の短い期間に庭園を公開している。

よくある質問

Qこれは聖籠の二宮家の蔵と同じものですか。
A違います。こちらは新潟市俵柳の本家の主屋で、平成12年(2000年)の登録です。聖籠の蔵群と門は分家のもので、平成18年(2006年)に別途登録されています。
Qなぜ大正7年に建てられたのですか。
A大正6年(1917年)に川沿いの農地を襲った水害のあと、再建されたためです。現在の主屋はその再築によります。
Q「妻入」とは何ですか。
A建物を長い側ではなく妻側から入る形をいいます。この地方の農家に伝わる構えです。
Q主屋を見学できますか。
Aできません。今も人が住む私邸で、一般公開されていません。公道からの見学にとどめ、敷地には立ち入らないでください。
Q中に入れる類似の家はどこで見られますか。
A江南区沢海の北方文化博物館(伊藤家旧邸)が、越後の豪農の建物と庭を歩いて見られる公開施設です。

基本データ

名称二宮家住宅主屋(にのみやけじゅうたく しゅおく)
所在地新潟県新潟市江南区俵柳65-2
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 15-0044
登録年月日2000年(平成12年)4月28日(告示 同年5月17日)
年代1918年(大正7年)/大正6年の水害後に再建
構造形式木造平屋建、瓦葺、妻入、建築面積 約215平方メートル、員数1棟
家系本家。聖籠の二宮家はこの家の分家
所有個人(私邸)
公開一般非公開。公道からの見学のみ。近隣の公開類例:北方文化博物館(江南区沢海)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001572
文化遺産オンライン「二宮家住宅主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/166882
新潟県「県内文化財一覧(国・県・市町村指定等)」
https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/life/765000_2406788_misc.pdf

最終更新日: 2026.06.25