鳥屋野逆ダケの藪 ― 枝が下を向く竹の林
新潟市の住宅地のただなかに、約一ヘクタールのハチクの竹林が広がっている。細い緑の稈をよく見ると、枝が光のほうへ伸びていない。枝は節のところで折れ曲がり、ある枝はゆるやかに、ある枝は鋭く下へ垂れている。まるで竹全体が上下さかさまに植えられたかのようだ。これが「逆ダケ(逆さ竹)」であり、この畸態を生み出す竹林は大正11年(1922年)10月12日、国の天然記念物に指定された。
正式名称は「鳥屋野逆ダケの藪(とやのさかさだけのやぶ)」。浄土真宗大谷派の寺院・西方寺の旧境内にあたる土地に広がっている。植物が竹本来の姿を拒むという、その一点で守られている場所は、日本でもごく限られている。
親鸞の竹杖をめぐる伝説
逆ダケを語るには、伝承の上でこの竹を生んだとされる人物にふれないわけにいかない。親鸞(1173年〜1262年)は浄土真宗の開祖である。建永2年(1207年)、朝廷が専修念仏を禁じると、親鸞は僧籍を奪われ、越後国(現在の新潟県)へ流罪となった。
西方寺に伝わる縁起によれば、親鸞ははじめ五智国分寺(現在の上越市)のあたりで過ごし、承元3年(1209年)ごろに北の鳥屋野へ移って、赦免までのおよそ三年間をこの地で暮らしたという。鳥屋野潟をめぐる低く水の多い土地は、聖人にまつわる数々の伝説の舞台となった。
竹の話はこう伝わる。鳥屋野で布教していた親鸞が、持っていた竹の杖を地面に挿し、「我が弘むるところの仏法、もし仏の意にかなうなら、この枯れた竹にかならず根も芽も生じるであろう」と言った。やがて言葉のとおり、枯れた杖に根が張り、芽が出て、見事な竹林となった。杖は本来の先端を下にして挿されていたため、そこから育った竹は枝を逆さに伸ばし続けた、と伝承は語る。捨てられた杖から竹林が育ち、しかもその枝が下を向く。流罪となった聖人が残す奇瑞として、これほどふさわしい話もない。
越後七不思議のひとつとして
逆ダケは「越後七不思議」、別名「親鸞の七不思議」と呼ばれる一群の不思議に数えられる。越後は親鸞の配流の地であり、のちに浄土真宗が深く根を下ろした。世代を重ねるうちに、人々は珍しい動植物を聖人の旅の跡に残された奇瑞として読み解くようになり、その代表的なものが「七つ」としてまとめられた。
現在の新潟市域だけでも三つがある。鳥屋野の逆さ竹、池で生き返ったと伝わる焼鮒、そして実が数珠つなぎになった珍しいカヤの木である。年に三度実る栗、数珠の形の実をつける桜、八つの房をなして咲く梅、片側にしか葉のつかない葦といった不思議は、周辺の地域に残る。逆ダケを訪ねることは、新潟平野に親鸞の記憶をたどる古い巡礼路の、一つの立ち寄り先を訪れることでもある。
なぜ天然記念物に指定されたのか
伝説は逆ダケの意味を語るが、その法的な保護を支えているのは植物学である。逆ダケはハチク(淡竹)の一型で、枝が立ち上がらず下方へねじれ曲がる。通常、竹の枝は稈との接点である節から上へ外へと伸びる。逆ダケではその枝が折り返し、水平より下へ垂れて葉が下を向く。植物学ではこの性質を一種の枝垂れの畸態と分類し、それを安定して生み出す竹林は実際に珍しい。
大正11年(1922年)、植物学者の三好学(1861年〜1939年)がこの竹林を調査した。三好は東京帝国大学の教授であり、日本の天然記念物保護運動の先駆者でもあった。その調査を受けて、鳥屋野の竹林は同年、珍奇または絶滅に瀕した植物の自生地という基準のもとに指定された。逆ダケは一本の木としてではなく、畸態が繰り返し現れ続ける自己更新する竹林として、すなわち生きた個体群として保護されたのである。
いまだに決着していないのは、その原因である。枝が下へ曲がる理由については、突然変異、新潟の重い雪の荷重、害虫の害など諸説があり、どれも定説には至っていない。竹林を管理する新潟市も、枝が曲がる理由はまだ明らかになっていないと率直に記している。この未解決の問いこそが、藪を歩く時間に静かな魅力を与えている。
訪れたときに見るべきもの
まず知っておきたいのは、藪のすべての竹が逆ダケではないということだ。竹林は見たところふつうのハチクの林であり、逆ダケはそのなかに点々と現れる。それを探し出すことが見学の眼目であり、足早に一周するよりも、ゆっくりと注意深く歩くほうが報われる。
新潟市は逆ダケをこう定義している。一本でも枝の先端が根元より下がっている枝があれば、その竹を逆ダケとみなす。平成20年(2008年)3月の調査では約780本の逆ダケが確認され、それぞれに水色のビニールテープが巻かれた。このテープが何よりの手がかりとなる。その後に生えてきた若い竹のなかにも、目印のないまま畸態を見せるものがあるかもしれず、未記録の例を自分で探してみることもできる。
枝の曲がり方は大きく三つの型に分けられる。湾曲型は、枝が先のほうでだけ水平より下に垂れ下がる。鋭角型は、枝が根元の最初の節で鋭く折れ、枝全体が急角度で垂れ下がるもので、これが本来の逆ダケとされる。三つ目のキクキク型は、根元ではなく枝の途中の節のところで折れ曲がるのが目立つ。一本の竹のすべての枝が曲がっていることはむしろまれで、ふつうは一部の枝だけが垂れている。高いところの枝が曲がっている場合もあるので、目の高さだけでなく梢のほうにも目を向けたい。
この藪は同時に野生の生きものの隠れ家でもある。住宅に囲まれた手つかずの林となったため野鳥が住みつき、信濃川の河川改修で住みかを追われ移り住んだ鳥もいるという。風のない日には林のなかが鳥の声で満たされ、竹の梢は密で、小雨ならば下の小径にはほとんど届かない。
藪のまわりを歩く
藪から少し歩いたところに、親鸞伝説に結びつく浄土真宗の寺院・西方寺がある。藪はその旧境内の飛地にあたる。寺がこの地に建っていた時代の名残である古びた山門がいまも参道に立ち、藪のなかには高い石積みの台に若々しく細身の親鸞像が立つ。旅の菅笠と蓑をまとわない姿で表されている点が珍しい。西方寺では毎年4月の第4週末に「西方寺祭り」が開かれ、地域のにぎやかな行事となっている。
藪は新潟市の中央部、広い鳥屋野潟にほど近く、この一帯に低く水の多い性格を与える湿地のそばにある。市の中央部には、白山公園の趣ある庭、港に近い旧新潟税関庁舎周辺の歴史的な町並み、古町の飲食店や商店もある。時間に余裕があれば、ほかの越後七不思議のいくつかも平野のなかを一日で回れる範囲にあり、親鸞をたどる旅をさらに広げることができる。
Q&A
- 藪のなかで実際に逆ダケを見つけるのは難しいですか。
- 少し根気は要りますが、十分に見つけられます。2008年の調査で約780本の逆ダケに水色のビニールテープが巻かれているので、テープをたどれば確実な例にたどり着けます。先端が根元より下がっている枝を探し、目の高さだけでなく稈の上のほうも確認してみてください。
- どのくらい時間が必要ですか。入場料はかかりますか。
- 見学は無料です。小径を歩いて逆ダケを探すのに、多くの方は30分から1時間ほどを過ごします。公開期間は1月4日から12月27日まで、公開時間は4月から9月が午前9時から午後6時、10月から3月が午前9時から午後4時です。
- なぜ枝は下を向いて伸びるのですか。
- 科学的な原因は解明されていません。突然変異、雪の荷重、害虫の害などが挙げられていますが、いずれも確証には至っていません。伝承ではもちろん、僧・親鸞が逆さに挿した竹杖に由来するとされています。
- 訪れるのに適した季節はいつですか。
- 竹は常緑なので、どの季節でも見学できます。歩きやすいのは春と秋です。夏は林のなかは日陰ですが蚊が多いため、虫除けや肌を覆う服装を強くおすすめします。
- 新潟駅からはどう行けばよいですか。
- 新潟駅の10番のりばから新潟交通の「女池愛宕行」バスに乗り、「女池愛宕」バス停で下車すると、東門まで徒歩約5分です。自家用車のための来園者用駐車場もありますが、場所は近年変更されているため、訪問前に新潟市の最新情報をご確認ください。
基本情報
| 名称 | 鳥屋野逆ダケの藪(とやのさかさだけのやぶ) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県新潟市中央区鳥屋野 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(大正11年〔1922年〕10月12日指定) |
| 指定基準 | 珍奇又は絶滅に瀕した植物の自生地 |
| 対象植物 | 枝が下方へ屈曲し枝垂れる畸態を示すハチク(淡竹) |
| 藪の面積 | 約1ヘクタール |
| 公開期間 | 1月4日から12月27日まで |
| 公開時間 | 4月1日〜9月30日:午前9時〜午後6時/10月1日〜3月31日:午前9時〜午後4時 |
| 見学料 | 無料 |
| 管理 | 新潟市(地元の愛護会の協力による) |
| 注意 | 竹の折損などのため園路の一部が一時的に立ち入り制限される場合があります。訪問前に最新の状況をご確認ください。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鳥屋野逆ダケの藪」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/835
- 新潟市「国指定天然記念物 鳥屋野逆ダケの藪」
- https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/rekishi/bunkazai/shokai/sakasadake.html
- 新潟文化物語(新潟市)「越後七不思議」
- https://n-story.jp/localculture/越後七不思議/
- ウィキペディア「越後七不思議」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/越後七不思議
最終更新日: 2026.05.25