明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
土屋家住宅麹蔵は山梨県甲州市塩山三日市場にある明治前期の切妻造平屋の土蔵。麹製造のために建てられ、建築面積22平方メートルと屋敷の蔵で最も小さい。西面中央の扉口と北・東の窓が特徴。2017年に登録された。
土屋家住宅米蔵は山梨県甲州市塩山三日市場にある明治前期の切妻造2階建の土蔵。当初は小作米を納めたが、昭和30年代から一階をブランデー製造に使う。北面上部の窓が外観のアクセント。2017年に登録された。
土屋家住宅座敷門及び塀は山梨県甲州市塩山三日市場にある明治前期の門と塀。間口1.7mの棟門と総延長34mの屋根付き土塀が主屋南の内庭を囲い、腰の上下で色を変える壁と襷桟が見どころ。2017年に登録された。
土屋家住宅主屋は山梨県甲州市塩山三日市場にある明治前期の農家住宅。二階の屋根に突き上げ屋根の三階と越屋根の四階を重ねた養蚕の外観が特徴で、10畳間3室が並ぶ。平成29年(2017年)に登録有形文化財となった。
土屋家住宅文庫蔵は山梨県甲州市塩山三日市場にある明治前期の土蔵。主屋と渡廊下で結ばれ、当初は書物や布団、食器を収めたが、のちに北半の二階床を外してワイン醸造の物品を置く蔵となった。2017年に登録された。
萩原家住宅西蔵は、山梨県甲州市勝沼宿の萩原家の敷地南奥に建つ明治13年の土蔵造2階建の蔵座敷。1階は14畳一間で座敷飾を備え、床柱に珍木を用い、南面には庭に向けて観音扉の窓を開く。平成30年に国の登録。
萩原家住宅東蔵は、山梨県甲州市の旧甲州街道勝沼宿に建つ明治中期の土蔵造2階建の蔵座敷。1階に12畳半の座敷二室を備え、通りに面した北妻面に庇付きの観音扉の窓を上下二段に開く。平成30年に国の登録有形文化財となった。
萩原家住宅(旧大木家住宅)翁姿庵雪隠は、山梨県甲府市湯村の茶室の北に建つ明治後期の茅葺の雪隠。内部を二室に分け、大理石張の土間に染付磁器の小便器を据え、扇状の垂木をみせる。令和7年に国の登録有形文化財となった。
身延山久遠寺莚師堂は中心伽藍の北側上方に東面して建つ明治9年の小堂。入母屋造妻入で内部を前後に分け、奥の内陣に石造五輪塔をまつる。軸部は絵様肘木で桁を受ける簡素なつくりで、装飾は向拝の扇と天女の蟇股に集められている。
身延山久遠寺甘露門及び門番所は本坊域の南面に建つ明治元年の門で、昭和16年に移築された。甘露門は切妻造本瓦葺の高麗門で、本柱上の大斗実肘木が棟木を直接受ける。背面東側に入母屋造の門番所が接続し、風格ある表構えをつくる。
身延山久遠寺旧書院は大客殿の東北方に建つ明治9年の書院。東西棟の入母屋造本瓦葺で正側面に下屋を付ける。内部は上段の間と座敷3室を一列に並べ、二段の長押で高くした天井や透彫の欄間彫刻が、重厚な外観と対比的な意匠をつくる。
身延山久遠寺御真骨堂は仏殿の西の傾斜地に建つ明治14年の八角円堂。漆喰塗りの土蔵造で東西に唐破風付窓を開け、日蓮聖人の御真骨を奉安する。内陣には金色の宝塔を安置し、天女を彫った海老虹梁や金箔・極彩色が堂内を荘厳する。
身延山久遠寺御真骨堂拝殿は本坊域中央の高台に南面する明治14年の拝殿。祖師堂と同じ宗祖600年遠忌の再建で、桁行3間梁間4間の入母屋造平入に軒唐破風の向拝を付け、尾垂木付二手先組物と二軒扇垂木の深い軒を備える。
身延山久遠寺三門は本坊域への参道口に南面する明治40年の二階二重門。五間三戸で、上層に尾垂木付三手先と扇垂木を用いる禅宗様の構え。三解脱をあらわす門とされ、第79世日慈上人筆の「身延山」の扁額を掲げる。くぐった先から菩提梯が始まる。
身延山久遠寺総門茶屋は総門の内側の参道に西面して建つ明治27年の茶屋。入母屋造桟瓦葺で正面に下屋を設け、入口回りの土間を吹放し、内部は和室を二列に並べる。広大な境内の入口で参詣者を接待した施設で、日蓮宗寺院の茶所として希少。
身延山久遠寺祖師堂及び御供所は、本堂の東に南面する明治14年の祖師堂と御供所からなる。日蓮聖人の神霊をまつる棲神閣で、撞木造の平面に二手先組物と軒唐破風を備える。毎月13日の法要や、大宮殿の扉を開くお開帳が営まれる。
身延山久遠寺祖師堂前香炉屋は祖師堂の正面に建つ明治12年の香炉の覆屋。方1間の宝形造銅板葺で、禅宗様の二手先組物と二軒扇垂木を備える。花頭枠風に湾曲させた貫、獅子鼻、中備の龍、鏡天井の躍動的な龍彫刻など、小舎ながら細部が緻密である。
身延山久遠寺大客殿は仏殿納牌堂の東に西面する明治19年の長大な客殿。入母屋造平入で、正面中央に向唐破風の式台付大玄関、東端に入母屋の小玄関を構える。内部は20畳の上段を含む畳敷の広間5室で、総本山の接客にふさわしい格式を備える。
身延山久遠寺大鐘楼は祖師堂の前方に建つ明治15年の鐘楼で、昭和14年に改修された。方三間の吹放ちで、切石積基壇に太い円柱を立て、入母屋造本瓦葺の屋根を三手先詰組で支える。中央間の虹梁と大瓶束、丸彫や籠彫の彫刻が見どころ。
身延山久遠寺法喜堂は大客殿の南方に西面する明治16年の堂。桁行10間梁間9間の入母屋造妻入で、正面側の土間に大黒柱や巨木の梁を用いた重厚な架構を見せる。出入口両側に連続する花頭窓や、妻飾の二重虹梁間に並ぶ大瓶束に近代の意匠がうかがえる。