高澤家住宅長屋門 ― 安政6年の棟札が残る屋敷の表構え

高澤家住宅長屋門(たかざわけじゅうたくながやもん)は、埼玉県行田市長野にある豪農・高澤家の屋敷の正門で、棟札から安政6年(1859年)の建立とわかる木造の長屋門であり、平成19年(2007年)5月15日に登録有形文化財に登録された。

敷地の南端に南を向いて建ち、門をくぐった正面に主屋がある。門の部分は間口・奥行ともに5.5メートルの切妻造、桟瓦葺で、両脇に平屋の物置が続く。登録の記録には昭和50年(1975年)頃の改修も記されている。

登録の理由 ― 往時の豪壮な構えを伝える門

高澤家住宅長屋門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録有形文化財となった。

文化庁の解説によると、門の両側にある平屋の物置は火災のあとに建て直されている。それでも中央の門は焼け残り、その大きさなどから、かつての堂々とした表構えがうかがえるものと評価された。長屋門は、門の左右に部屋や納屋を連ねて塀を兼ねる形式で、村の有力な家が屋敷の正面に構えることが多かった。

年代の根拠ははっきりしている。行田市によると、門には「安政六年己未吉日高澤磯右ヱ門建立」と書かれた棟札があり、当主の高澤磯右ヱ門が建てたことがわかる。高澤家住宅の5棟のなかで、建てた年と施主の名が一次資料で確かめられるのはこの門だけである。

見どころ ― 乳金物の板扉と東脇の潜戸

高澤家住宅長屋門の前に立ったら、まず中央の扉を見てほしい。両開きの板扉が吊り込まれ、表面には乳金物と呼ばれる半球形の飾り金具が打たれている。扉を補強する鋲の頭を装飾に仕立てたもので、門の格を示す意匠である。

扉の東側には、人が身をかがめて出入りするための小さな潜戸が設けられている。大扉を閉めたまま日常の出入りをするための仕掛けで、大きな門をもつ屋敷ではよく見られる。

門の奥行が5.5メートルあることは、くぐってみるとよくわかる。短い通路を抜けた先に主屋の南面がひらける構成は、平成17年(2005年)に行田市の景観賞で評価された屋敷の印象そのものでもある。

高澤家住宅長屋門の見学

高澤家住宅長屋門は屋敷の入口にあり、外観は門の前からいつでも見ることができる。専用駐車場は門の西側にあり、車を降りるとすぐに門の正面に出る。門の内部の物置は公開されていない。

乳金物や潜戸を近くで見るなら、髙澤記念館のカフェギャラリーが開く金曜日・土曜日・日曜日に訪ねるとよい。それ以外の日は個人の住まいなので、門の外から静かに眺めたい。

Q&A

Q高澤家住宅長屋門はいつ建てられましたか?
A門に残る棟札から、安政6年(1859年)に当主の高澤磯右ヱ門が建てたことがわかります。昭和50年(1975年)頃に改修されています。
Q高澤家住宅長屋門の大きさはどのくらいですか?
A門の部分は間口・奥行ともに5.5メートルで、切妻造、桟瓦葺です。両脇に平屋の物置が続きます。
Q高澤家住宅長屋門の両脇の建物は建てた当時のままですか?
Aいいえ。両側の平屋の物置は火災のあとに建て直されています。中央の門は残り、往時の表構えを伝えています。
Q高澤家住宅長屋門はいつでも見られますか?
A屋敷の入口にあるため、外観は門の前から見られます。門をくぐって敷地に入るのは、髙澤記念館のカフェギャラリーが開く金曜日・土曜日・日曜日にとどめてください。
Q高澤家住宅長屋門の扉にある丸い金具は何ですか?
A乳金物と呼ばれる飾り金具です。両開きの板扉に打たれ、門の格式を示しています。扉の東脇には潜戸もあります。

基本情報

名称高澤家住宅長屋門
所在地埼玉県行田市長野3-5-41
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)5月15日登録(第54回、登録番号11-0106)
員数1棟
寸法間口5.5メートル、奥行5.5メートル
所有者個人
公開状況外観のみ(門の前から見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 高澤家住宅長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006013
行田市 ― 高澤家住宅(主屋等5棟)
https://www.city.gyoda.lg.jp/soshiki/shougaigakusyubu/bunkazaihogo/gyomu/rekishi_bunkazai/1/2323.html
髙澤記念館 公式サイト
https://takazawakan.jimdofree.com/

最終更新日: 2026.09.26