中村家住宅背戸蔵とは

中村家住宅背戸蔵は、島根県江津市桜江町大貫にある江戸時代末期(1830〜1867年)建築の土蔵造2階建の蔵で、平成21年(2009年)1月8日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「なかむらけじゅうたくせどぐら」。明治前期に改修されており、建築面積は34平方メートルである。

「背戸」は家の裏口や裏手を指す言葉である。中村家住宅背戸蔵は、主屋の土間の裏側にある背戸口のちょうど向かいに建っており、名前はこの位置に由来すると考えられる。

中村家住宅背戸蔵の外観

規模は桁行6.9メートル、梁間4.9メートル。屋根は切妻造で、石州瓦の赤瓦で葺かれている。

文化庁の解説は、中村家住宅背戸蔵の外壁を「白漆喰仕上げであった」と過去形で書いている。建てられた当初は白い漆喰で仕上げられていたことを示す書き方で、現在の外壁がどのような状態かまでは解説から読み取れない。

竹の野地が残る小屋組

中村家住宅背戸蔵の見どころは内部にある。1階と2階の床は板張りで、壁は土を塗ったままの荒壁で仕上げている。倉庫として実用を優先した造りである。

屋根を支える小屋組は、梁の上に束を立て、その束で地棟を受ける架構である。地棟は棟の真下を通る太い横材で、屋根の荷重を集めて受け止める。

屋根の下地には竹の野地が残っている。野地は瓦を葺くための下地で、板を張ることが多いが、ここでは竹を並べて組んでいる。文化庁の解説は、この竹野地が独特の風合いを伝えていると評している。

中村家住宅背戸蔵が登録された理由

中村家住宅背戸蔵は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録有形文化財となった。主屋の裏口と向き合う位置は、住まいから直接出入りする蔵として使われたことを示しており、屋敷の暮らしの動線をいまに残している。

中村家住宅背戸蔵は、明治15年(1882年)の主屋より古い江戸時代末期の建物である。主屋が建て直されたあとも蔵は受け継がれ、明治前期に手を入れて使い続けられた。

中村家住宅背戸蔵の見学

中村家住宅背戸蔵は主屋の裏手、屋敷の奥にあり、外の道からは主屋の陰に隠れる位置になる。外観を眺めるのは難しいと考えておきたい。

竹野地や地棟の小屋組は蔵の内部にあり、公開の機会がない限り見ることはできない。2026年9月の時点で公開の公式な案内は確認できなかった。敷地に立ち入ったり、屋敷の裏へ回り込んだりしないようにしたい。屋敷への行き方は中村家住宅(江津市)のページにまとめてある。

Q&A

Q中村家住宅背戸蔵はいつ建てられましたか?
A江戸時代末期(1830〜1867年)の建築で、明治前期に改修されています。
Q中村家住宅背戸蔵の「背戸」とはどういう意味ですか?
A家の裏口や裏手を指す言葉です。中村家住宅背戸蔵は主屋の土間の裏口(背戸口)の向かいに建っています。
Q中村家住宅背戸蔵の大きさはどれくらいですか?
A桁行6.9メートル、梁間4.9メートル、建築面積34平方メートルの土蔵造2階建です。
Q中村家住宅背戸蔵の内部にはどんな特徴がありますか?
A床は板張り、壁は荒壁仕上げです。小屋組は梁の上に束を立てて地棟を支え、屋根の下地に竹の野地が残っています。
Q中村家住宅背戸蔵は見学できますか?
A個人の住宅の敷地内、主屋の裏手にあり、公開の公式な案内は確認できませんでした。外の道からは見えにくい位置です。

基本情報

名称中村家住宅背戸蔵(なかむらけじゅうたくせどぐら)
所在地島根県江津市桜江町大貫378-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成21年(2009年)登録
員数1棟
寸法桁行6.9m・梁間4.9m、建築面積34㎡(土蔵造2階建、瓦葺)
所有者非公表
公開状況公開情報なし(個人住宅の敷地内)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)中村家住宅背戸蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007547
文化遺産オンライン 中村家住宅背戸蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198539
島根県 登録有形文化財(建造物)一覧
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tourokubunkazai2.html

最終更新日: 2026.09.29