祖谷川上流、釣井集落の農家主屋
栗尾家住宅主屋は、徳島県三好市東祖谷釣井にある木造平屋建の農家主屋で、江戸末期の建築、平成31年(2019年)に国の登録有形文化財となった。
文化庁は建築年代を1830年から1868年の間とし、昭和28年頃の増築、昭和63年頃の改修を記録する。構造は木造平屋建、茅葺で、現状は金属板の仮葺をかける。建築面積は139平方メートル。
釣井は祖谷川の上流域に位置する。斜面が急なため、畑も家屋も石垣で支えられながら山腹に段状に重なる。この地形に合わせて、主屋は山を削り出した細長い平坦地に据えられる。栗尾家もその一軒である。
現に人が住む個人住宅である。この点が見学のあり方を規定するため、後段であらためて触れる。
「造形の規範」という登録基準
登録有形文化財の登録基準は三つある。国土の歴史的景観に寄与しているもの、造形の規範となっているもの、再現することが容易でないもの。地方の建造物は第一の基準で登録される例が圧倒的に多い。栗尾家住宅主屋に適用されたのは第二の基準である。登録年月日は平成31年3月29日、登録番号36-193、第92回登録。
造形の規範として登録するとは、その建物の形式が類型の標準を示しており、他の遺構を読むための基準たりうる、という判断を意味する。ここでの類型は祖谷地方の伝統民家であり、文化庁はその形式をよく示すものと評価した。
同日には東祖谷久保の中山家住宅主屋も登録されている。さらに半年後の令和元年9月10日には、同じ釣井の篪庵と釣井薬師堂を含む三好市内の建造物が登録された。釣井集落は一年足らずのうちに複数の登録物件を抱えることになる。
記録上、注意を要する食い違いが一点ある。平成30年11月16日の文化審議会答申資料は屋根を「入母屋造り」と記すが、国指定文化財等データベースおよび文化遺産オンラインの記載はいずれも「寄棟造」である。本稿は一次資料であるデータベースの記載に従い、寄棟造として扱う。
間取りの読み方
主屋は南に長辺を向ける。東から西へ、土間付の茶ノ間、中ノ間、座敷が並ぶ。中ノ間の奥は寝間とする。作業空間から接客空間へと段階的に格を上げていく構成そのものは各地の民家に共通するが、各室の比率とその境目の切り方に地域差が現れる。
縁は正面と西側面に廻る。さらに正面には濡縁を通す。そしてその濡縁の中央に便所を設ける。
この便所の位置が、この住宅を読むうえでの要点になる。屋内の奥まった位置ではなく、主要な正面、しかも縁の中央に据え、谷に向けて開く。雨仕舞いの内と外にどの機能を配するかという判断が、平地の民家とは異なっている。祖谷の民家に反復して現れる形式であり、文化庁の解説もこれを特徴として挙げる。
寄棟の茅葺屋根は、山間部の雨と雪を流すための形である。茅の上に金属板を仮葺する処置は当地に限らず広く見られる。葺替えには茅の確保と、葺ける職人の手が同時に要るためで、そのいずれもが細っている。
訪問にあたって
栗尾家住宅主屋は個人所有であり、一般公開されていない。拝観時間も入場料も見学設備もない。登録有形文化財の制度は、所有者に公開の義務を課すものではない。敷地内への立ち入り、窓越しの撮影、住宅を撮影スポットとして扱う行為は避けていただきたい。
祖谷の民家建築そのものを見たい向きには、受け入れ体制の整った施設が近くにある。同じ釣井の209番地にある篪庵は築三百年ほどの茅葺民家で、アメリカ人の東洋文化研究家アレックス・カー氏が1973年に購入して再生したもの。現在は宿泊施設として運営され、これ自体が登録有形文化財である。落合集落は平成17年(2005年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落で、高低差およそ390メートルの斜面に家屋と石垣、畑が広がる。全景は谷を挟んだ中上集落の展望所から望め、集落内の茅葺民家は宿泊棟としても使われている。東祖谷歴史民俗資料館では地域の建築と生業を扱う。
交通には準備がいる。車の場合、井川池田インターチェンジから国道32号を高知方面へ、県道45号、県道32号を経て国道439号を剣山方面へ進み、全行程で約1時間20分。公共交通ではJR土讃線大歩危駅から四国交通バス久保行きを利用する。便数は限られるため事前に時刻を確認したい。冬季はチェーンまたはスタッドレスタイヤ、可能であれば四輪駆動車が要る。
Q&A
- 栗尾家住宅主屋は見学できますか。
- 個人所有の住宅であり、一般公開されていません。拝観時間も料金も見学設備もありません。登録有形文化財の制度は所有者に公開を義務づけるものではないためです。祖谷の民家を内部から見たい場合は、同じ釣井集落の篪庵が宿泊施設として運営されており、落合集落にも茅葺民家の宿泊棟があります。
- 栗尾家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
- 文化庁は建築年代を江戸末期、西暦では1830年から1868年の間としています。昭和28年頃に増築、昭和63年頃に改修が加えられました。登録年月日は平成31年(2019年)3月29日、登録番号は36-193です。
- 栗尾家住宅主屋はどのような点が評価されて登録されたのですか。
- 登録基準のうち「造形の規範となっているもの」が適用されました。地方の建造物では「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録される例が多く、この基準の適用は相対的に少数です。東から土間付の茶ノ間、中ノ間、座敷を並べ、中ノ間奥を寝間とする平面、正面と西側面に廻る縁、正面中央に設けた便所などが、祖谷地方の伝統民家の形式をよく示すと評価されました。
- 栗尾家住宅主屋のある東祖谷釣井へのアクセスを教えてください。
- 車では井川池田インターチェンジから国道32号を高知方面へ進み、県道45号、県道32号を経て国道439号を剣山方面へ。全行程で約1時間20分です。公共交通ではJR土讃線大歩危駅から四国交通バス久保行きを利用します。便数が限られるため、事前に時刻の確認をおすすめします。
- 栗尾家住宅主屋の周辺に他の登録有形文化財はありますか。
- 同じ釣井集落の篪庵と釣井薬師堂が令和元年(2019年)9月10日に登録されています。また栗尾家住宅主屋と同日には、東祖谷久保の中山家住宅主屋が登録されました。近隣の落合集落は平成17年(2005年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
基本情報
| 名称 | 栗尾家住宅主屋(くりおけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県三好市東祖谷釣井105 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号36-193 |
| 指定年 | 平成31年(2019年)3月29日登録・告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、茅葺(金属板仮葺)、建築面積139平方メートル、南面する寄棟造 |
| 所有者 | 個人所有。国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし |
| 公開状況 | 非公開。現に居住されている個人住宅のため、敷地内への立ち入りはご遠慮ください |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「栗尾家住宅主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012824
- 文化遺産オンライン「栗尾家住宅主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/379817
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)の登録について」平成30年11月16日
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/__icsFiles/afieldfile/2018/12/14/a1411175_01_1.pdf
- 大歩危祖谷ナビ(三好市公式観光サイト)「落合集落・落合集落展望所」
- https://miyoshi-tourism.jp/spot/ochiaishuraku/
- 文化遺産オンライン「三好市東祖谷山村落合」重要伝統的建造物群保存地区
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/203309
最終更新日: 2026.08.23