祖谷川上流、久保集落の農家主屋

中山家住宅主屋は、徳島県三好市東祖谷久保に所在する大正前期(1912年から1918年)建立の農家主屋で、平成31年(2019年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

久保は祖谷川の上流域にある。三好市の森林率は八十六パーセントに達し、この一帯に平坦地はほとんど存在しない。集落は谷底に集まるのではなく、斜面に沿って点在する。

主屋は見晴らしのよい南斜面の中腹に南面して建つ。文化庁の記録は、この建物が山村集落の景観の核をなしていると記す。一棟の農家に対する記述としては踏み込んだ表現で、登録の理由がそこにある。

立地には地形的な背景がある。祖谷地域で集落が営まれてきた斜面は、周囲の山腹に比べて傾斜が緩い。この緩斜面をつくったのは過去に生じた地すべりで、山体の一部が滑動して停止した跡が、住居と耕地に使える平坦に近い面を残した。久保もその上に載っている。

「国土の歴史的景観に寄与」という基準の意味

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。登録制度には造形の質を問う基準や再現の困難さを問う基準もあるが、適用されたのは場所に関わる基準だった。どう建てられているかと同じ程度に、どこに建ち何を束ねているかが評価されている。

この評価は広域の文脈と噛み合う。登録の前年、平成30年(2018年)3月に、三好市・美馬市・つるぎ町・東みよし町からなるにし阿波地域が「にし阿波の傾斜地農耕システム」として国連食糧農業機関の世界農業遺産に認定された。斜度四十度に達する斜面を段々畑に造成せず傾斜のまま耕し、刈草を鋤き込んで土壌の流出を抑える農法が四百年以上継承されてきたことが評価の中心にある。標高百メートルから九百メートルの範囲に二百近い集落が分布する。

農家主屋はその農耕システムの居住側の要素である。農具を収め、収穫した雑穀を処理し、斜面を維持してきた世帯が現に暮らした場所にあたる。

同じ谷の下流には落合集落があり、平成17年(2005年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。集落内の高低差は約三百九十メートルに及び、全国の伝建地区のなかで最も急な斜面に立地するとされる。中山家住宅主屋は保存地区の外にあり、保護の枠組みが異なる。落合が群として面的に保存されるのに対し、中山家住宅主屋は一棟単位で国に登録された建造物である。

出桁造の深い軒と、東から並ぶ三室

屋根は寄棟造の茅葺で、長辺を南に向ける。現状は金属板の仮葺を施しており、平成29年(2017年)に改修が行われた。茅葺への金属板仮葺は、葺替えを直ちに実施できない状況で茅を保護するための一般的な措置である。屋根の質感は本来のものとかなり異なるため、茅葺の外観を期待して訪れると印象は変わる。

南面と西面の二面は出桁造とする。梁を外へ張り出させて軒桁を受ける構法で、別途の支持構造を設けずに深い軒の出を確保できる。遠望したときに建物が帯びる重心の低い輪郭は、この構法によるところが大きい。軒下には濡縁と、外側を吹放しとした下屋が廻る。

平面は東から順に、土間付の茶ノ間、中ノ間、座敷。中ノ間の奥を寝間とする。室を一列に並べる単純な構成で、幅の限られた斜面の平坦面に納めようとすれば、横へ広げるより並べる方が合理的になる。建築面積は百六十七平方メートル。

ひとつ明記しておく必要がある。中山家住宅主屋は私有の住宅である。文化庁の記録に所有者名の記載はなく、公開に関する情報も一切公表されていない。拝観時間も拝観料の設定も駐車場もなく、内部は非公開である。日本の登録制度は公開義務を伴わない。久保を訪れる場合、見られるのは公道からの外観までであり、それ以上に立ち入るべきではない。公道からの撮影を禁じる規定は公表されていないが、住居の窓へレンズを向けるのは別の問題である。

久保へのアクセスは相応の覚悟を要する。車の場合は井川池田インターチェンジから国道32号、県道45号、県道32号を経て国道439号を剣山方面へ進み、所要はおよそ一時間半。公共交通では、JR大歩危駅から四国交通の祖谷線バスが祖谷のかずら橋を経由して終点久保まで運行する。久保からは三好市営バスが剣山方面へ接続する。いずれも便数が少なく、事前の確認が要る。

周辺には、路上から一棟を眺めるだけでは得られない文脈を補う立寄り先がある。谷を挟んだ落合集落展望所からは集落全体の斜面構成が見渡せる。京上にある東祖谷歴史民俗資料館は、この地域の生活道具と、谷に伝わる平家落人伝承を扱っている。

よくある質問

Q中山家住宅主屋は見学できますか。内部は公開されていますか。
A私有の住宅であり、内部は非公開です。拝観時間、拝観料、来訪者用の駐車場のいずれも設定されておらず、文化庁の記録にも所有者名や公開情報の記載はありません。日本の登録有形文化財制度は公開義務を伴いません。公道からの外観の見学にとどめてください。
Q中山家住宅主屋はどこにあり、どう行けばよいですか。
A徳島県三好市東祖谷久保、祖谷川上流域の斜面中腹に建ちます。車では井川池田インターチェンジから国道32号、県道45号、県道32号、国道439号を経て約一時間半。公共交通ではJR大歩危駅から四国交通の祖谷線バスで終点の久保まで。便数が少ないため事前確認をおすすめします。
Q中山家住宅主屋は茅葺と説明されていますが、なぜ金属板の屋根なのですか。
A茅葺の上に金属板を仮葺している状態で、文化庁の構造記載にも「茅葺(金属板仮葺)」と明記されています。平成29年(2017年)に改修が行われました。葺替えを直ちに実施できない場合に茅を保護する一般的な措置で、下地は茅葺のままです。
Q中山家住宅主屋と落合集落の保存地区はどう違いますか。
A落合集落は平成17年(2005年)に選定された重要伝統的建造物群保存地区で、集落を面的に保存する枠組みです。中山家住宅主屋は保存地区の外にあり、平成31年(2019年)に一棟単位で国に登録された建造物です。いずれも祖谷の傾斜地集落という同じ景観に属します。
Q中山家住宅主屋の間取りはどうなっていますか。
A東から土間付の茶ノ間、中ノ間、座敷を一列に並べ、中ノ間の奥を寝間とします。木造平屋建で建築面積は百六十七平方メートル。南面と西面を出桁造とし、濡縁と吹放しの下屋を廻します。なお内部は非公開です。

基本データ

名称中山家住宅主屋(なかやまけじゅうたくしゅおく)
所在地徳島県三好市東祖谷久保311
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号36-192 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成31年(2019年)3月29日登録(第92回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺(金属板仮葺)、建築面積167平方メートル。平成29年改修
所有者私有(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。私有の住宅であり、公道からの外観見学のみ

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 中山家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012823
文化遺産オンライン 中山家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/442956
大歩危祖谷ナビ(三好市公式観光サイト) 落合集落・落合集落展望所
https://miyoshi-tourism.jp/spot/119/
にし阿波の傾斜地農耕システム 三好市 東祖谷落合集落展望所
https://giahs-tokushima.jp/giahs-point/miyoshi-higashiiya
三好ジオパーク 祖谷エリア
https://miyoshi-geopark.jp/area/iya/

最終更新日: 2026.08.24