塩船観音寺とはどんな寺か
塩船観音寺は、東京都青梅市塩船にある真言宗醍醐派の寺院で、境内に建つ室町時代後期(1467〜1572年)の本堂・阿弥陀堂・仁王門の3棟が、昭和21年(1946年)11月29日に国の重要文化財に指定された。
正式な名は大悲山観音寺(だいひさんかんのんじ)で、文化庁の指定名称も「観音寺本堂」「観音寺阿弥陀堂」「観音寺仁王門」と「観音寺」を冠している。地元では古くから塩船観音、塩船観音寺と呼ばれ、地図や駅の案内もほとんどがこの通称で書かれている。同じ名の寺が都内だけでも台東区谷中などにあるので、探すときは「塩船」を付けると迷わない。所在地は青梅市塩船194-1、JR青梅線の河辺駅の北にあたる丘陵の谷あいである。
塩船観音寺の由緒 ― 八百比丘尼の伝説から三田氏の時代まで
寺に伝わる寛延4年(1751年)の縁起によれば、塩船観音寺の始まりは大化年間(645〜650年)にさかのぼる。若狭から関東へ渡ってきた八百比丘尼が、この地に高さ1寸8分(約5.4センチ)の小さな千手観音を安置したのが最初だという。八百比丘尼は人魚の肉を口にして800歳まで生きたと語られる伝説の尼僧である。
縁起はさらに、天平年間に行基が荒れた堂を建て直し、まわりの地形が船の形に似ていることから「塩船」と名付けたと続ける。仏が人々を彼岸へ渡す「弘誓の舟」になぞらえた名とも説明される。その後、比叡山の僧安然が観音堂(いまの本堂)を再興し、阿弥陀堂と薬師堂を建て、12の塔頭と鎮守の七社権現を整えたと伝わる。いずれも縁起が語る寺の歴史で、建物そのものの年代を示すものではない。
確かな記録で寺の姿が見えてくるのは中世である。室町時代、青梅一帯を治めた三田氏が塩船観音寺の大檀那となり、本尊の千手観音は永正9年(1512年)に三田氏宗と子の政定らを檀那として修理されたことが台座の銘から分かる。仁王門の金剛力士像も、天文2年(1533年)に三田政定・綱定のもとで修理された。いま残る3棟の重要文化財は、この三田氏の時代に建てられたと考えられている。三田氏は永禄年間(1560年代)に北条氏照に攻められて滅び、東京都の解説は、阿弥陀堂が仕上がらないまま残ったことと三田氏の没落とを結びつける見方も紹介している。
塩船観音寺の重要文化財と境内の文化財
塩船観音寺の建造物で重要文化財に指定されているのは、次の3棟である。文化庁のデータベースでは3棟とも「室町後期」とされ、同じ昭和21年(1946年)11月29日に指定を受けた。
- 観音寺本堂:桁行5間・梁間5間(約12メートル四方)、寄棟造、茅葺。堂内の厨子1基が附として一緒に指定されている
- 観音寺阿弥陀堂:桁行4間・梁間3間、寄棟造、茅葺形銅板葺。内陣のまわりに庇を巡らせた阿弥陀堂の形式
- 観音寺仁王門:三間一戸の八脚門、切妻造、茅葺。左右に金剛力士像を納める
本堂に安置される本尊の木造千手観音立像(快勢作)と、その左右に並ぶ木造二十八部衆立像も、令和2年(2020年)9月30日に国の重要文化財に指定された。二十八部衆は文永5年(1268年)から1288年にかけて仏師定快の一門が造ったもので、東京都の解説は、28体がそろう例として京都・三十三間堂に次ぐ古さだと位置づけている。仁王門の木造金剛力士立像は昭和35年(1960年)に都の有形文化財となった。本堂へ上る石段の両脇に立つ2本のスギ「塩船観音の大スギ」は昭和28年(1953年)に都の天然記念物に指定され、同じ年に境内一帯が青梅市の史跡「観音寺」となっている。
塩船観音寺の境内を歩く順序
塩船観音寺の境内は、まわりを小高い丘に囲まれたすり鉢形の谷で、建物は平地から丘へかかる斜面に下から順に並ぶ。参道を北へ進むと、平地が丘陵に変わる境目に仁王門が立っている。ここが寺域の正式な入口で、扉のない中央の通路をくぐって境内に入る。
仁王門を抜けて少し奥へ進んだところに阿弥陀堂がある。その先は石段になり、市の文化財の薬師堂の脇を通って登っていく。石段の左右にそびえるのが大スギで、樹高は左が約43メートル、右が約40メートルある。登りきった中腹の平らな場所に本堂が建つ。地図上の位置で測ると、仁王門から阿弥陀堂まで約50メートル、阿弥陀堂から本堂まで約80メートルで、3棟をすべて見て回っても歩く距離は短い。ただし本堂の前までは石段と坂道が続くので、足もとには気をつけたい。
本堂に向かって左手には、すり鉢状の斜面一面にツツジを植えたつつじ園が広がり、斜面の上には平成22年(2010年)の開創1350年記念で建てられた塩船平和観音の立像が立つ。つつじ園や護摩堂は近年に整えられたもので、文化財の3棟はその手前、杉木立の残る古い参道沿いにまとまっている。
塩船観音寺の年中行事
塩船観音寺がもっともにぎわうのは春である。寺の案内によれば、4月8日の花まつりにつつじ園の開園式があり、そこから5月上旬まで「つつじまつり」が続く。つつじ園には約20品種、およそ2万本が植えられ、早咲きから遅咲きへ順に咲いていく。5月3日の例大祭では、つつじ園の広場で柴燈護摩が焚かれ、残り火の上を素足で渡る火渡りが行われる。一般の参拝者も火渡りに加わることができる。
本堂の厨子に納められた本尊は秘仏で、扉が開かれるのは年に4回と寺は案内している。正月三が日の元旦祭、1月16日の初観音、5月1日から3日の例大祭、8月第2日曜日の四万六千日祭である。本尊の姿を拝みたい人は、この日程に合わせて訪ねるとよい。6月から7月にはアジサイ、秋には萩や彼岸花が境内を彩る。
塩船観音寺への行き方と拝観
青梅市観光協会の案内では、塩船観音寺へはJR青梅線河辺駅の北口から都営バスまたは西東京バスに乗り、「塩船観音入口」で降りて徒歩約10分である。河辺駅から歩くと約35分かかる。寺には参拝者用の駐車場がある。
境内への入山は通常は無料である。つつじまつりの見頃にあたる有料期間だけは入山料がかかり、寺の案内では大人(中学生以上)300円、小学生100円、開園時間は午前8時から午後5時、駐車料は普通車700円となっている。有料期間はツツジの咲き具合で毎年変わるので、寺のウェブサイトで確かめてから出かけたい。お守りや御朱印を扱う本堂前の札場は午前8時30分から午後4時までの受付である。
重要文化財の3棟は、いずれも外から自由に見ることができる。建物の内部や写真撮影の扱いについては寺の案内に明記がないので、堂内を拝観したいときや撮影の可否が気になるときは、寺務所(電話0428-22-6677)に問い合わせておくと確実である。
参考文献
- 国指定文化財等データベース「観音寺本堂」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/565
- 国指定文化財等データベース「観音寺阿弥陀堂」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/566
- 国指定文化財等データベース「観音寺仁王門」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/567
- 東京文化財ウィーク2016「中世の多摩(青梅・羽村・昭島)を歩こう」(東京都教育委員会)
- https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kyoiku/tamajp
- 青梅市の文化財(青梅市)
- https://www.city.ome.tokyo.jp/site/provincial-history-museum/3143.html
- 別格本山 塩船観音寺(青梅市観光協会)
- https://www.omekanko.gr.jp/spot/04601/
最終更新日: 2026.10.05
基本情報
| 名称 | 塩船観音寺 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都青梅市塩船 |
| 所有者 | 観音寺 |
| 指定 | 重要文化財 3件 |
| 座標 | 35.80371, 139.28168 |