祈祷殿と向かい合う昭和4年の手水舎

長田神社手水舎は、鳥取県鳥取市東町一丁目の長田神社で神門の手前、参道を挟んで祈祷殿と向かい合う位置に建つ昭和4年(1929年)の手水舎で、平成30年(2018年)11月2日に国の登録有形文化財に登録された。桁行2.9メートル、梁間2.4メートルの小さな建物で、面積は7.0平方メートルである。

手水舎は、参拝の前に手と口をすすいで身を清める場所である。長田神社手水舎は四方に壁を設けない吹き放しで、屋根は切妻造の桟瓦葺とする。登録された8件のうち、瓦で葺いた建物はこの手水舎だけで、ほかはいずれも銅板や金属板で葺かれている。

江戸時代の手水鉢を覆う上屋

長田神社手水舎の登録番号は31-0253で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、祈祷殿と同じく門前の歴史的景観を形成している建物として評価している。

建物の中に据えられた手水鉢は、屋根よりはるかに古い。神社によると、この手水鉢は安永7年(1778年)に上町の旧社地に据えられたもので、大正13年(1924年)の移転遷座のときに現在地へ移された。これを覆う屋根が昭和4年に大村久兵衛の奉納で造られた、と神社は記録している。大村久兵衛は透塀の奉納者でもある。

構造は、礎石の上に立てた角柱の角を几帳面取りとし、柱同士を内法の虹梁で固める。柱の上には舟肘木を載せ、波形の蟇股とともに軒桁を受ける。壁のない小さな建物だが、虹梁と蟇股を備えた社寺建築の作法でまとめられている。

長田神社手水舎の見どころ

長田神社手水舎では、まず柱の角に目を凝らしたい。几帳面取りは角を削ったうえで両脇に小さな段をつける面取りで、四隅の柱に細い陰影が走る。

見上げると、柱の間に渡された虹梁のゆるい弓なりと、その上の波形の蟇股が見える。吹き放しなので、どの方向からも木組みがよく見通せる。

手水鉢そのものも見どころである。屋根より150年ほど古く、上町の旧社地から運ばれてきた石が、昭和の上屋の下でいまも参拝者を迎えている。

参道の向かいの祈祷殿と見比べると、瓦葺きの手水舎と銅板葺きの祈祷殿で屋根の質感が対照的である。

長田神社手水舎の見学方法

長田神社手水舎は神門の手前の参道脇にあり、参拝の前にだれでも使える。壁のない建物なので、外から構造を自由に見学できる。

撮影は一般的な参拝の記念撮影の範囲で認められている。手水を使う人の妨げにならないよう、撮影は人の少ないときにしたい。境内への行き方と参拝の条件は長田神社のページにまとめてある。

Q&A

Q長田神社手水舎はいつ建てられましたか?
A昭和4年(1929年)です。神社によると大村久兵衛の奉納によるものです。
Q長田神社手水舎の手水鉢はいつのものですか?
A神社によると、安永7年(1778年)に上町の旧社地に据えられたもので、大正13年(1924年)に現在地へ移されました。
Q長田神社手水舎はどのような構造ですか?
A四方吹き放しの切妻造・桟瓦葺きで、几帳面取りの角柱を内法虹梁で固め、舟肘木と波形の蟇股で軒桁を受けます。桁行2.9メートル、梁間2.4メートルです。
Q長田神社手水舎は使えますか?
A参拝前の手水の場として使われています。壁のない建物なので、構造も外から自由に見学できます。
Q長田神社手水舎はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。祈祷殿とともに神門前の歴史的景観を形成している点が評価されています。

基本情報

名称長田神社手水舎(ながたじんじゃてみずしゃ)
所在地鳥取県鳥取市東町1丁目121
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号31-0253
指定年平成30年(2018年)11月2日登録
員数1棟
寸法木造、瓦葺、面積7.0平方メートル(桁行2.9メートル、梁間2.4メートル)
所有者宗教法人長田神社
公開状況参拝者が利用可、見学自由

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):長田神社手水舎
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012619
とっとり文化財ナビ(鳥取県):長田神社 本殿、幣拝殿、中門、透塀、神饌所(仮殿)、神門、祈祷殿、手水舎
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/F53F5C5816EFF4684925837F00276C48?OpenDocument
長田神社:由緒書き
https://nagatajinja.com/history
長田神社:よくある質問
https://nagatajinja.com/faq

最終更新日: 2026.09.29