東京湾から内陸へ移された灯台

旧品川燈台(きゅうしながわとうだい)は、愛知県犬山市の博物館明治村に建つ明治3年(1870年)建設の円形灯台で、昭和43年(1968年)4月25日に国の重要文化財に指定された。

最初からここにあったわけではない。この塔が建てられたのは、東京湾品川沖の第二台場、その西端である。第二台場は幕末、江戸の入口を守るために海上に築かれた砲台島のひとつだった。ところが十年ほどのうちに砲台の役目は消え、幕府に代わった新政府がその埋立地に必要としたのは別のものになる。条約に基づいて東京湾に入ってくる船のための、灯である。

そもそもこの灯台が存在するのは条約のためだった。慶応2年(1866年)、幕府はアメリカ、イギリス、フランス、オランダとのあいだで沿岸に洋式灯台を建設することを約し、その義務は明治政府に引き継がれた。最初に点灯したのは神奈川県の観音崎、次いで千葉県の野島崎。品川はその三番目にあたる。

フランス人技師の設計と、残された数値

設計はフランソワ・レオンス・ヴェルニー。横須賀製鉄所の建設のために招かれたフランス人技師である。施工はフランス人技手のフロランが担当したと記録されている。レンズと金属部はフランスから輸入された。国内での製作ではない。日本の洋式灯台の第一世代ではこれが標準で、そもそも国内にその技術がまだなかった。

運用時の数値が細かく残っている。光源は石油による灯で、明るさは100燭光。灯火の位置は地上から19尺、およそ5.8メートル。海面上では52尺、およそ16メートル。光の届く距離は約18キロメートル。灯質は不動紅色で、日本で初めて赤色火舎を用いたものと記録されている。

ヴェルニーが関東に建てた灯台は4基。大正12年(1923年)の関東大震災で観音崎と野島崎が倒壊し、4基のうち往時の姿を今に残すのはこの品川燈台だけになった。文化庁が「現存する洋式灯台としては最古のもの」と記すのはこの経緯による。

昭和32年(1957年)に廃灯となり、塔は解体された。昭和39年(1964年)、明治村に再建される。国指定文化財等データベースは構造を「煉瓦造(現在鉄筋コンクリート造)」と記す。この註記は読み流さないほうがよい。今そこに立っているのは、創建時の煉瓦積みをそのまま移したものではなく、明治3年の姿を鉄筋コンクリートで復原した塔である。指定は移築の4年後、指定番号01684。

風見を見上げる

塔は小さい。木立を背にした白い円筒に見えるだけで、明治村に並ぶ大きな建物のあいだを歩いていると、二十秒で通り過ぎてしまう。

立ち止まって、頂部を見てほしい。

風見には方位を示す4つの頭文字が付いている。英語ではない。N(nord=北)、S(sud=南)、E(est=東)、O(ouest=西)。フランス語である。明治村もこの点を鑑賞ポイントとして挙げている。誰が設計し、誰が建て、部品がどこから来たのか。この建物のうえでそれをもっとも端的に示しているのが、地上十メートルほどの高さに記された4文字だ。

塔が建つのは村内の3丁目29番地。明治村は入鹿池を見下ろす起伏のある土地に造られており、丁目のあいだの移動には坂と段差がついてまわる。明治村自身、必ずしもバリアフリーが行き届いていないと明記し、不安のある場合は事前の問い合わせを求めている。歩きやすい靴の重要度が、ふつうの博物館より高い。

訪問の実務を整理しておく。旧品川燈台は明治村の有料エリア内にあるため、入村チケットなしには見られない。開村時間は季節で動く。4月から7月と9月・10月が9時30分から17時、8月が10時から17時、11月は平日が9時30分から16時で土休日は17時まで、12月から2月が10時から16時、3月が9時30分から17時。入村は閉村の30分前まで。休村日は曜日固定ではなく年間に散らばって設定されているので、公式サイトの開村日カレンダーで確認するのが確実である。

撮影は村内で可能だが、建物内での三脚使用は禁止されている。山林に立ち入っての撮影も認められていない。事故防止のため立ち入りを制限している建物や箇所があるため、当日どこまで入れるかは現地で確かめたい。

行き方は、名鉄犬山駅東口から明治村行きのバス。名古屋駅・栄からの直通バスもある。車なら中央自動車道の小牧東インターチェンジから3キロメートル、駐車場は普通車1,000円。電話番号は0568-67-0314。

同じ3丁目にはもう一件、重要文化財の旧菅島燈台附属官舎が建っている。灯台の塔と、灯台守の勤務を支えた住まいを同じ午後に続けて見ると、この仕事の輪郭がどちらか一方だけを見るよりはっきりする。

Q&A

Q旧品川燈台はどこにあり、見学できますか。
A旧品川燈台は愛知県犬山市の博物館明治村、村内3丁目29番地に建っています。明治村の開村時間内であれば、入村チケットを購入して見学できます。
Q旧品川燈台はなぜ重要なのですか。
A旧品川燈台は現存する日本最古の洋式灯台です。先に点灯した観音崎と野島崎の灯台が大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊したため、明治3年建設のこの塔が現存最古となりました。
Q旧品川燈台はもともとどこに建っていたのですか。
A旧品川燈台は明治3年(1870年)、東京湾品川沖の第二台場の西端に建設されました。昭和32年(1957年)に廃灯となり、昭和39年(1964年)に明治村へ移築再建されています。
Q旧品川燈台を設計・建設したのは誰ですか。
A旧品川燈台の設計は、横須賀製鉄所を建設したフランス人技師フランソワ・レオンス・ヴェルニーによるものです。施工はフランス人技手のフロランが担当し、レンズや金属部はフランスから輸入されました。
Q旧品川燈台へは名古屋からどう行けばよいですか。
A旧品川燈台のある明治村へは、名鉄犬山駅東口からバスが出ています。名古屋駅・栄からの直通バスもあり、車の場合は中央自動車道の小牧東インターチェンジから3キロメートルです。
Q旧品川燈台で見ておくべき細部はどこですか。
A旧品川燈台の頂部にある風見に注目してください。方位の頭文字がN・S・E・O、すなわちフランス語のnord・sud・est・ouestで記されており、フランス人技師の設計と輸入部品による建設をそのまま示す痕跡になっています。

基本データ

名称旧品川燈台(きゅうしながわとうだい)
所在地愛知県犬山市内山1番地(博物館明治村 3丁目29番地)/旧所在地は東京湾品川沖 第二台場
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和43年(1968年)4月25日(指定番号01684)
員数1基
寸法円形灯台。煉瓦造(現在は鉄筋コンクリート造)。灯火は地上約5.8メートル、海面上約16メートル、光達距離約18キロメートル、100燭光
所有者公益財団法人明治村
公開状況博物館明治村の有料エリア内で公開。開村時間は季節により変動、入村は閉村30分前まで。休村日は年間に散在。電話0568-67-0314

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧品川燈台」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004106
文化庁 文化遺産オンライン「旧品川燈台」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/125087
博物館明治村「品川燈台」
https://www.meijimura.com/sight/品川燈台/
博物館明治村「開村時間・休村日」
https://www.meijimura.com/guide/open/
博物館明治村「アクセス」
https://www.meijimura.com/guide/access/

最終更新日: 2026.08.29