三つの顔を重ねてきた、中萱津の本堂
名古屋の中心部から旧鎌倉街道を西へたどり、五条川が中萱津の集落をかすめるあたりに、長久山實成寺(じつじょうじ)の静かな境内がある。本堂は灰色の瓦をいただいた低く正方形に近い建物で、一見すると西尾張の田園に点在する手入れのよい寺の本堂と変わらない。けれども、この一棟がくぐり抜けてきた来歴は単純ではない。
寺伝によれば、この地はもともと真言宗の護摩堂「十如堂」であったという。鎌倉・円覚寺が蔵する国宝『尾張国富田荘絵図』には「大御堂」と記され、中世の萱津に確かな存在として描かれている。元応元年(1319年)、日蓮の高弟である中老日妙がこの地に隠居して實成寺を開き、堂は日蓮宗へと改められた。武将とのつながりはその後に加わる。明応3年(1494年)、清洲城主で織田信長の曾祖父にあたる織田敏定が寺領を寄進し、堂舎を再興した。
現在の本堂は、建築面積およそ246平方メートルの木造平屋で、桁行5間・梁間6間、屋根は桟瓦葺である。正面と側面には幅1間の縁がめぐり、正面の階前には向拝が1間張り出す。規模は大きくなく、それは意図された控えめさでもある。日蓮宗の本堂は人を堂内に集めて法を説くための建物であり、外から見る者を威圧するためのものではない。
「指定」ではなく「登録」であること
日本の建造物保護にはいくつかの段階があり、その呼び名には意味がある。最も格の高い建物は厳密な審査を経て国宝や重要文化財に「指定」され、重い法的義務を伴う。實成寺本堂が属するのは、それとは性格の異なる、より軽やかな枠組みの登録有形文化財である。1996年に設けられたこの制度は、日々使われ続けている幅広い歴史的建造物に保護の網をかけることを目的とし、登録は届出によって行われ、所有者は建物とともに暮らし、手を入れる自由を比較的多く残している。
本堂が国の登録原簿に載ったのは平成17年(2005年)2月9日、登録番号は23-0186、「造形の規範となっているもの」という基準による。その価値は地味だが確かである。平面と軸部の構成が、日蓮宗本堂の古い形をよくとどめているのだ。前方の浅い外陣、その奥に間口3間・奥行4間の深い内陣、両脇の脇陣、そして内陣後方には来迎柱をやや後退させて須弥壇を据える。こうした構成がほぼ崩れずに残っている例は、けっして多くない。
年代については正直に記しておきたい。寺は現本堂を明応年間(1490年代)の織田敏定による造営とし、堂内の一部、須弥壇、内陣の様式や彩色に真言宗時代の護摩堂の名残をしのぶことができるという。一方、国の登録は大規模な改修を経た江戸時代前期、おおよそ1615年から1660年ごろの建物として扱う。二つの見方は矛盾しない。古い堂が大きく造り替えられながら、中世以来の骨格を保っている、と読めばよい。
訪れて見たいところ
まずは正面から少し離れて全体を眺めたい。屋根は宝形造で、棟をもたず一点に向かって四方の流れが集まる。この形が、本堂に引き締まった求心的な姿を与えている。瓦は江戸期に普及した桟瓦で、浅い段を長く重ねている。
境内にいるなら山門にも足を運びたい。山門は本堂と同じ日に登録された建物で、太い材を用いた本格的な禅宗様の四脚門である。寄進は、この地方に生まれた武将福島正則によると伝えられる。重厚な門と、その奥に控える小ぶりな本堂との対比は、立ち止まってゆっくり見るだけの価値がある。
堂内を拝観できる機会があれば、入口から奥へと礼拝空間の組み立てを追ってみるとよい。参拝者の立つ外陣、本尊を安置する深い内陣、儀式の道具を扱う脇陣という配置に、日蓮宗の法要の作法が映し出されている。境内そのものは開かれており、川のほとりで人びとが行き交う現役の檀那寺である。2月の節分会や大晦日の除夜の鐘のころに最もにぎわう。本堂内部は常時公開されているわけではないので、内部を見たい場合は事前に寺へ連絡しておくとよい。車で訪れる人のための駐車場は十分に用意されている。
寺のまわりを歩く
萱津の里は、足をのばす値打ちがある。五条川沿いを数分歩くと萱津神社が鎮座する。自社の由緒によれば、日本で唯一、漬物の神を祀る神社だという。その昔、里の人びとが瓶に野菜と塩を入れて神前に供えたところ、ほどよい塩漬けができた。これが日本の漬物のはじまりとされ、毎年8月21日には全国の漬物業者が集う香の物祭が営まれる。境内には漬物樽をかたどった石があり、三度なでると漬物が上手になるという。
より大きな伽藍を見たいなら、少し車を走らせて甚目寺観音、正しくは鳳凰山甚目寺へ向かうとよい。名古屋を守る尾張四観音のひとつで、寺伝では推古天皇5年(597年)の創建という。境内には国の重要文化財が5件あり、寛永4年(1627年)の三重塔、寛永11年(1634年)の東門などが含まれる。建久7年(1196年)再建と伝わる南大門は、あま市で最も古い木造建築とされるが、令和6年(2024年)から大規模な修復に入っており、足場に覆われている場合があるので、訪れる前に確認しておきたい。門を守る仁王像もまた福島正則ゆかりと伝えられ、實成寺の山門と同じ名が両寺を細い糸で結んでいる。甚目寺の境内では毎月12日と21日に手づくり市や物産の市が立ち、にぎやかである。
Q&A
- 實成寺本堂は国宝ですか。
- いいえ。国宝や重要文化財といった「指定」より軽やかで柔軟な保護である、登録有形文化財です。平面や軸部の構成に日蓮宗本堂の古い形をよく残していることから、2005年に国の登録原簿へ加えられました。
- 本堂の中に入れますか。
- 境内は開かれた現役の檀那寺で自由に参拝できますが、本堂内部は常に拝観できるわけではありません。内陣まで見たい場合は事前に寺へ連絡するのが確実です。2月の節分会や大晦日の除夜の鐘のころに最もにぎわいます。
- 建物は正確にはいつのものですか。
- 資料によって異なります。寺は現本堂を1490年代の織田敏定の造営とし、国の登録は大改修後の江戸前期、おおよそ1615年から1660年ごろの建物として扱います。古い堂が大きく造り替えられつつ中世以来の平面を保っている、と読むのが妥当でしょう。
- どうやって行けばよいですか。
- 車での来訪が便利で、名古屋駅から西へ車でおよそ15分、駐車場も十分にあります。鉄道なら名鉄の須ヶ口駅または甚目寺駅が最寄りで、そこからタクシー、あるいは萱津の集落を抜けて歩くことになります。
- 近くに見どころはありますか。
- 二か所が際立ちます。川沿いを少し歩いた萱津神社は日本で唯一の漬物の神を祀るとされ、毎年8月21日に香の物祭が営まれます。少し車を走らせた甚目寺観音は尾張四観音のひとつで、国の重要文化財を5件もちます。
基本データ
| 名称 | 實成寺本堂(じつじょうじほんどう)/長久山實成寺・日蓮宗 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県あま市中萱津南宿254 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0186 |
| 登録年月日 | 平成17年(2005年)2月9日/基準「造形の規範となっているもの」 |
| 時代 | 江戸前期(おおよそ1615〜1660年)。寺伝では原型を1490年代の造営とする |
| 員数 | 1棟 |
| 構造形式 | 木造平屋建、宝形造、桟瓦葺、建築面積約246平方メートル。桁行5間・梁間6間、幅1間の縁と正面向拝1間 |
| 所有者 | 宗教法人實成寺 |
| アクセス | 名古屋駅から西へ車で約15分。名鉄須ヶ口駅・甚目寺駅が最寄り。駐車場あり |
| 公開状況 | 境内は参拝自由。本堂内部は常時公開ではないため、拝観希望は事前に寺へ連絡 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「實成寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004582
- 文化遺産オンライン(文化庁)「實成寺本堂」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/169892
- あま市公式ウェブサイト「国登録文化財:建造物」
- https://www.city.ama.aichi.jp/kurashi/shogai/1002541/1004697/1004721/1004722.html
- 長久山實成寺 公式サイト「当山の歴史」
- https://www.jitsujoji.jp/rekishi
- Aichi Now(愛知県観光サイト)「萱津神社」
- https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/2692/
- あま市観光協会「甚目寺観音」
- https://ama-kankou.jp/page_culture/jimokujikannon/
最終更新日: 2026.06.17