美濃路に面した飴屋の町家

柴田家住宅主屋(しばたけじゅうたくしゅおく)は、愛知県清須市西枇杷島町辰新田にある明治29年(1896年)建築の2階建町家で、平成18年(2006年)8月3日に国の登録有形文化財に登録された。熱田で東海道から分かれ中山道の垂井へ向かう脇街道、美濃路に南面して建ち、庄内川北岸の下小田井の市で栄えた町並みの中にある。

柴田家は江戸時代末期ごろにこの街道に店を構え、代々飴や菓子の製造販売を営んできた。現在の主屋は建て替えられたものである。明治24年(1891年)10月28日の濃尾地震で、この一帯の美濃路沿いの町家はほとんどが倒壊または焼失した。柴田家はその5年後に主屋を新築した。文化庁の登録データは年代を明治29年、構造を木造2階建、瓦葺、建築面積144平方メートルとする。

この家には今も柴田家の当主が住んでいる。見学の条件はすべてそこから決まり、建物が手入れされ、使われ、ごくたまにしか開かない理由もそこにある。

登録の理由 ― 近代町家の規範として

柴田家住宅主屋の登録基準は「造形の規範となっているもの」で、文化庁の登録説明は「美濃路に面した近代町家の好例」と評する。規範とされる理由は二つある。一つは時期である。濃尾地震直後の再建であるため、尾張の商家が江戸時代の町家形式を1890年代にどう受け継いだかがそのまま残っている。間取りと立面の比例は前代を踏襲しつつ、漆喰壁や土壁など防火の工夫を加えた。

もう一つは平面そのものである。切妻造桟瓦葺平入で、南の正面には下屋を張り出す。1階は東寄りに前から奥まで通り庭を通し、その西に4室を一列に並べ、最奥に床の間付きの座敷を置く。後方は敷地の形に合わせてくの字に折れており、裏から見ると屋根の稜線に独特の屈折が現れる。

2階はつし二階で、たちが低い。前には茶室を含む部屋、奥に15畳の座敷を配する。飴屋の2階に茶室があることは意外に聞こえるかもしれないが、尾張では江戸期以降に茶の湯が広く定着し、この街道沿いの家々では日常的に抹茶を出す習慣があった。愛知県内の登録文化財所有者の会の報告によれば、この茶室は原叟床を備え、4畳半の待合と組み合わされている。

見どころ ― 十字に組まれた梁

通りから見てまず気づくのは間口の広さである。古い家が並ぶ街道の中でも柴田家は幅があり、下屋の低く深い軒が正面全体を地面に近く引き寄せている。正面の出格子は平成19年(2007年)から翌年にかけての改修で整えられたもので、当時、建物は川側へ傾き、建具が動かなくなっていた。改修は軸組を起こし、構造をあえて見せる形で仕上げられた。

その構造こそ、中に入れたときに見るべきものである。かつて飴を煮て成形した土間では、床を広く使うために中央の柱を抜いている。代わりに二本の大梁が直交して架かる。一本は大黒柱と正面下屋の軒桁の間を通り、もう一本は隅柱の間の上屋受桁として大梁の上に架かる。屋根の荷重は一本の柱ではなく、この十字に集められている。地域の建築史ではこれを尾張型町家と呼び、十字梁はその目印とされる。見上げればその幾何学がすぐにわかる。

細部も二つ挙げておく。土間に敷かれた石は鉄道線路の敷石を転用したもので、産業資材を伝統家屋に再利用した早い例である。また2階床板の墨書から、上階の座敷などが建築9年後の明治38年(1905年)に改築されたことがわかっており、2階の座敷が1階よりやや格式高く見えるのはそのためである。

見学方法とアクセス

柴田家住宅主屋は個人の住居である。定期の公開時間はなく、受付もなく、通りがかりに戸を開けてもらえる建物ではない。外観は美濃路からいつでも見ることができ、通りは立ち止まって眺められる程度に静かである。前庭に入ったり、窓越しに撮影したりすることは控えてほしい。

内部は年に一度程度公開される。平成26年(2014年)以降、柴田家住宅主屋は愛知県国登録有形文化財建造物所有者の会が毎年秋に行う建物公開、現在の「あいちのたてもの博覧会(あいたて博)」に参加しており、県内数十件の登録建造物が各1日だけ公開され、所有者の解説が付く。柴田家では当主自身が土間や茶室を案内してきた。日程と予約条件は毎年9月ごろにあいたて博の公式サイトに掲載されるので、訪問前に確認すること。以上は2026年9月2日時点の確認による。

最寄り駅は名鉄名古屋本線の西枇杷島駅で徒歩約10分、JR東海道本線の枇杷島駅からも徒歩約10分である。南へ下って美濃路に出て旧道をたどると、家は通りの北側にある。同じ道を3、4分進むと、江戸時代の商家を移築した市指定文化財の西枇杷島問屋記念館があり、火曜から日曜の午前10時から午後4時まで無料で見学できる。柴田家の飴商売が支えた市場町の姿を知るには、ここが最適である。

Q&A

Q柴田家住宅主屋は見学できますか?
A常時公開はしていません。個人が住む住宅です。外観は美濃路からいつでも見られ、内部は毎年秋の「あいたて博」で年1回程度公開されます。
Q柴田家住宅主屋はいつ、なぜ建てられたのですか?
A明治29年(1896年)の建築です。明治24年(1891年)の濃尾地震で美濃路沿いの町家が失われ、その5年後に同じ敷地で防火の工夫を加えて再建されました。
Q柴田家住宅主屋の構造の特徴は何ですか?
A土間の中央に柱がなく、二本の大梁を十字に架けて屋根を支えています。尾張型町家と呼ばれる形式の特徴で、平成19年(2007年)からの改修ではこの十字梁が見えるように仕上げられました。
Q柴田家住宅主屋への行き方は?
A名鉄名古屋本線の西枇杷島駅、またはJR東海道本線の枇杷島駅から徒歩約10分です。美濃路に出て旧道をたどると、西枇杷島町辰新田の通り北側にあります。
Q柴田家住宅主屋の文化財区分は?
A国の登録有形文化財(建造物)で、登録番号は23-0225、平成18年(2006年)8月3日の登録です。登録されているのは主屋1棟のみで、所有者は個人です。

基本情報

名称柴田家住宅主屋(しばたけじゅうたくしゅおく)
所在地愛知県清須市西枇杷島町辰新田65
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号23-0225
指定年平成18年(2006年)8月3日登録
員数1棟
寸法建築面積144平方メートル、木造2階建、瓦葺切妻造
所有者個人
公開状況外観のみ通りから見学可、内部は毎年秋のあいたて博で年1回公開(2026年9月2日時点)

参考文献

柴田家住宅主屋 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005621
愛知県・清須市の文化遺産 - 文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/23/23233
主な文化財(清須市)
https://www.city.kiyosu.aichi.jp/kiyosu_brand/bunkazai/main_bunkazai.html
あいちのたてもの博覧会(あいたて博)
https://aitatehaku.org/
「尾張型町家」歴史あるたたずまい 清須の柴田家住宅を1日公開(中日新聞)
https://www.chunichi.co.jp/article/586183

最終更新日: 2026.09.02