七年を隔てて建った二棟
甚目寺(じもくじ)は愛知県あま市にある真言宗智山派の寺院で、寛永4年(1627年)建立の三重塔と寛永11年(1634年)建立の東門が、昭和28年(1953年)11月14日に国の重要文化財に指定された。通称は甚目寺観音。
寺の縁起は推古天皇5年(597年)にさかのぼる。伊勢の甚目龍麻呂という漁師が、当時まだ海だったこのあたりで網に黄金の聖観音像をかけ、近くの砂浜に草庵を建てて祀ったのが始まりと伝える。のちに天智天皇の病気平癒祈祷が縁で勅願寺に指定され、それを契機に大寺院へと展開した。
本尊は聖観音。名古屋城を鎮護する尾張四観音のひとつに数えられ、国の重要文化財5件を含む多数の寺宝を伝えている。
そのうち建造物が二棟。三重塔と東門である。この二つは七年を隔てて、境内の別の場所に、まったく別の役目のために建てられた。分けて見るほうが理解しやすい。
三重塔|江戸の建物が室町の言葉を話す
三重塔は三間三重塔婆、本瓦葺、江戸前期の寛永4年(1627年)の建立として登録されている。員数1基、指定番号01254。
年代は推定ではない。あま市の記録によれば、欄干の擬宝珠(ぎぼし)の銘に寛永4年の年紀があり、寄進によって建立されたことが記されている。寄進者として伝わるのは名古屋の両替商、吉田半十郎政次。建築は同年9月とされる。
寛永4年に建ったこの塔は、それ以前の塔の後継である。天正13年(1585年)の地震で先代が倒壊し、再建されたと伝わる。その再建にあたって、大工は古材を可能なかぎり活用した。結果は比例に表れている。年代のうえでは十七世紀の建物でありながら、形式としては室町時代の様式をほぼそのまま伝えているといわれる。つまり、実年代よりかなり古く見える。再建を通じて前代の様式が保存される例は日本では珍しくないが、ここまで明快に読み取れるものはそれほど多くない。
高さについては資料が割れている。寺の公式サイトは28メートルとし、三重塔としては日本有数の高さと記す。一方で約25メートルとする記述もある。国指定文化財等データベースは高さを記載していない。数値を突き合わせる際は、二つの値が流通していることを前提にしたい。
塔内にはかつて、国の重要文化財である木造愛染明王坐像が安置されていた。現在は移されている。
東門|街道に面して立ち続けた門
東門は四脚門、切妻造、銅板葺。員数1棟、寛永11年(1634年)の建立として登録されている。年代は部材に残る墨書銘によって確かめられている。
様式は前へではなく後ろへ向いている。あま市はこの門を「桃山時代の様式を残している」と説明する。建てられた一世代前の様式ということだ。実物を見るとその読みは納得できる。太い柱、本柱の背後に立つ控柱、そして開口部に扉を設けない構え。閉ざすためではなく、枠取るための門である。
歴史的な要点はその向きにある。東門は上街道、別名を津島街道という道に面していた。この道は清洲の須ケ口で美濃路と分かれ、甚目寺観音に至り、木田を経て津島へ向かう。街道を行く参詣者や商人はここから境内に入った。寺の住所が「甚目寺東門前」であることに、その配置が今も残っている。
明治24年(1891年)の濃尾地震で、この門は倒壊した。日本の内陸地震としては最大級のもので、震源域はこの濃尾平野の一帯を含んでいた。伝えるところでは、門は解体して組み直すのではなく、倒れたままの状態から起こされたという。門の前に立つと、その説明はすんなり腑に落ちる。
日付についてひとつ注意がある。文化庁は両棟の指定年月日を昭和28年11月14日とするが、あま市の文化財ページは昭和28年11月4日と記載している。差は一桁で、一次資料としては国指定文化財等データベースが優先されるが、現地の掲示や市の資料と照合するときのために覚えておきたい。
参拝の実務
境内は8時から16時まで開いており、拝観は無料。費用がかかるのは祈祷を依頼した場合だけである。12月31日は年越しのため、23時ごろから翌2時ごろまで再び開門する。
アクセスは平易だ。名鉄津島線の甚目寺駅から徒歩5分。愛知県内の重要文化財のなかでも、車なしで到達しやすい部類に入る。車の場合は無料の駐車場が12台分ある。住所は〒490-1111 あま市甚目寺東門前24、電話は052-442-3076。
訪問前に南大門の状況を確認しておきたい。仁王像を安置する楼門で、明治33年(1900年)に重要文化財に指定された南大門は、令和6年(2024年)から令和8年(2026年)にかけて大規模な保存修理が進められている。寺はこれを「令和の大修復」と呼び、専用の特設サイトを開設している。この期間に訪れる場合、境内でもっとも写真に撮られてきた建物が覆いの中にあることを見込み、別の門から入ることになる。
境内がもっとも賑わうのは市の日である。毎月12日に暮らしの朝市、21日に風土マルシェが立ち、2月の節分会には相当の人出がある。
撮影については、寺として一般的な規定を公表していない。真言宗の現役寺院で通例とされるのは、境内は撮影可、堂内および法要中は不可という線引きである。屋外にとどめ、判断に迷うときは寺務所に尋ねるのが確実だろう。
Q&A
- 甚目寺で重要文化財に指定されている建造物はどれですか。
- この指定では、甚目寺の三重塔(寛永4年・1627年)と東門(寛永11年・1634年)の二棟で、いずれも昭和28年11月14日の指定です。南大門は別に明治33年(1900年)に指定されています。
- 甚目寺は参拝できますか。拝観料はかかりますか。
- 甚目寺は毎日8時から16時まで開門しており、拝観は無料です。費用がかかるのは祈祷を依頼した場合のみで、12月31日は23時ごろから翌2時ごろまで再び開門します。
- 甚目寺へは名古屋からどう行けばよいですか。
- 名鉄津島線の甚目寺駅で下車し、徒歩5分です。甚目寺には無料の駐車場が12台分あり、車での来訪も可能です。
- 甚目寺の三重塔の高さはどれくらいですか。
- 資料により異なります。甚目寺の公式サイトは三重塔の高さを28メートルとし、約25メートルとする記述もあります。国指定文化財等データベースには高さの記載がありません。
- 甚目寺で現在、修理中の建物はありますか。
- あります。甚目寺の南大門は令和6年から令和8年にかけて「令和の大修復」として大規模な保存修理が行われているため、参拝の際は別の門から入ることになります。
- 甚目寺を訪れるのに適した日はいつですか。
- 甚目寺では毎月12日に暮らしの朝市、21日に風土マルシェが開かれ、2月初旬の節分会が年間で最大の行事になります。いずれの日も、静かな境内が一転して賑わいます。
基本データ
| 名称 | 甚目寺 三重塔・東門(じもくじ) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県あま市甚目寺東門前24 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)、指定番号01254 |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)11月14日(あま市の記載は同年11月4日) |
| 員数 | 三重塔1基、東門1棟 |
| 寸法 | 三重塔:三間三重塔婆、本瓦葺、寛永4年(1627年)/東門:四脚門、切妻造、銅板葺、寛永11年(1634年) |
| 所有者 | 甚目寺 |
| 公開状況 | 毎日8時から16時、拝観無料。名鉄甚目寺駅から徒歩5分、無料駐車場12台。電話052-442-3076 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「甚目寺 三重塔」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1270
- 文化庁 国指定文化財等データベース「甚目寺 東門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1271
- あま市「国指定文化財:建造物」
- https://www.city.ama.aichi.jp/kurashi/shogai/1002541/1004697/1004699/1004700.html
- 鳳凰山甚目寺 公式ウェブサイト「三重塔(重要文化財)」
- https://www.jimokuji.or.jp/modules/gnavi/index.php?lid=2&cid=1
- 鳳凰山甚目寺 公式ウェブサイト「東門(重要文化財)」
- https://www.jimokuji.or.jp/modules/gnavi/index.php?lid=3&cid=1
- あま市観光協会「甚目寺観音」
- https://ama-kankou.jp/page_culture/jimokujikannon/
最終更新日: 2026.08.29
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