全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
愛知県設楽町の旧田峯小学校普通教室棟は、昭和2年築で桁行約65メートルの片廊下式木造校舎です。耐震改修を経て保存され、設楽町で初の登録有形文化財となった。令和6年に閉校した奥三河の山村の学び舎を訪ねる。
あま市の旧鎌倉街道沿いに立つ日蓮宗實成寺の山門。江戸時代中期の禅宗様の四脚門で、2005年に国の登録有形文化財となった。1891年の濃尾地震を耐え抜き、太く重厚な木組みに古式の意匠を今に残す表構えである。
名古屋近郊あま市の長久山實成寺本堂は、鎌倉期の真言宗護摩堂を起源とし、のちに日蓮宗の本堂へと改められた登録有形文化財。宝形造の屋根の下に古い平面を残し、織田敏定の再興と江戸前期の大改修を重ねた一棟である。
愛知県西尾市の実相寺は、吉良氏の菩提寺と伝わる臨済宗の古刹。その庫裡は元禄年間に再建された江戸中期の建物で、土間の上に大梁を縦横に組んだ広い一室をもつ。簡素ながら禅宗伽藍に欠かせない大庫裏として、2003年に登録有形文化財となった。
愛知県西尾市の実相寺方丈は、文永8年創建の吉良氏菩提寺に残る江戸時代初期の大型禅宗方丈。六間取の平面と太い木組みを保ち、令和3年に入母屋造・銅板葺へ復元された西尾市指定文化財です。四月の花祭りでは県指定の釈迦三尊像が開帳されます。
愛知県清須市西枇杷島町の柴田家住宅主屋は、濃尾地震の5年後、明治29年(1896年)に再建された飴屋の町家で、2006年に国の登録有形文化財に登録された。柱を抜いた土間を十字梁で支える尾張型町家の特徴、年1回の公開情報を解説する。
名古屋市緑区の旧鳴海宿に建つ下郷家住宅(千代倉本家)中蔵は、明治26年(1893年)建築の家財蔵。紅葉蔵の北に落棟で接続し、桁行中央を水平の鉄筋で繋ぐ小屋組を持つ、令和6年登録の有形文化財を紹介します。
名古屋市緑区の旧鳴海宿に建つ下郷家住宅(千代倉本家)紅葉蔵は、明治24年(1891年)建築の土蔵造二階建。黒漆喰の外壁と本瓦葺の屋根、二階北面の神棚を備え、令和6年(2024年)に国の登録有形文化財となった蔵を解説します。
寂光院山門は愛知県犬山市継鹿尾の寂光院の境内入口に建つ天保7年(1836年)の一間一戸薬医門で、登録有形文化財。切妻造・本瓦葺で、背面の中備に龍、妻飾の両側に牡丹の彫物を入れる。木太いつくりで、虹梁や木鼻の絵様に時代の特徴を見せる。
寂光院随求堂は愛知県犬山市継鹿尾の寂光院の本堂西に建つ文化2年(1805年)の堂で、登録有形文化財。入母屋造・桟瓦葺で四周に擬宝珠高欄付きの縁を廻し、側廻りに蔀戸を多用した住宅風の外観が籠堂の性質を示す。本堂と渡廊下で結ばれる。
寂光院弁天堂は愛知県犬山市継鹿尾の寂光院の本堂北方の高所にある文政3年(1820年)の小堂で、登録有形文化財。ほぼ正六角形の平面で、前半を見世棚風の吹放し、後方を内陣とし、柱や屋根を六角形につくって天井の棹や垂木を放射状に配る。
寂光院本堂は愛知県犬山市継鹿尾の寂光院にある明治12年(1879年)の本堂で、登録有形文化財。桁行5間・梁間5間の寄棟造に向拝を付け、前2間を吹放しの外陣とし、内陣に禅宗様の須弥壇を構える。尾張のもみじ寺と呼ばれる寺の本格的な本堂。
守隨家住宅(旧山田家住宅)石積護岸は愛知県東海市名和町の聚楽園公園北西にある大正時代前期の護岸で、登録有形文化財。伊勢湾岸の埋立地を囲み、消石灰と真砂土のたたきを割石の間に詰めた目地幅の広い姿を見せる、服部長七の人造石工法の貴重な遺例。
春江院の庫裏は七棟のうち最大の登録有形文化財である。昭和八年の建築で、中廊下式の近代的な平面をとり、階段の手摺子に洋風の意匠を見せる。北東隅の吹抜土間には豪放な梁組が架かり、伝統と近代とが一棟のなかに同居している。
春江院の山門は文政十三年の建築で、本堂と同じく北を正面とする一間一戸の薬医門である。三斗を組み、妻飾には大柄な板蟇股を据える。控柱は後補とされ、街道から境内へと参詣者を導く、寺の正面口として親しまれている。
春江院の鐘楼は慶応元年の建築で、七棟のうちもっとも装飾に富む建物である。玉石の基壇に方一間の身舎を据え、簓子下見板張の袴腰、擬宝珠高欄、詰組、二軒扇垂木、彩色の格天井を見せる、華やかな禅宗様の鐘楼である。
春江院の茶室は七棟のうち最も小さく、床を入れて四畳ほどの草庵風である。明治後期、尾州久田流の祖・下村実栗の作と伝わる。屋根の押え格子や棹縁、化粧屋根裏に竹を多く用い、土地に生まれた茶の空間を今に伝えている。
不老閣は昭和十一年の建築で、七棟のうち唯一の銅板葺である。簡素な外観の内に数寄屋の意匠を収める。床を付けた八畳の一の間と四畳半の二の間からなり、磨き丸太の床柱、網代天井、丸垂木の化粧屋根裏が静かな洗練を見せる。
春江院の本玄関及び書院は江戸後期の建築である。書院は有松絞の祖とされる竹田庄九郎の旧宅から、明治十二年に移築されたと伝わる。式台を構え、十二畳と十八畳の座敷をL字の広縁が囲む。襖絵は狩野永秀の筆と伝わる。
春江院の本堂は文政十三年の建築で、入母屋造に正面向拝を付け本瓦葺とする。六間取の方丈形式をとり、南面の多い仏堂のなかでは珍しく北を正面とする。本尊には曹洞宗では珍しい多宝如来を祀る、寺の中心の堂である。