全国の登録有形文化財
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森田家住宅御看経堂は、あきる野市小川の西蔵の後ろに建つ江戸末期の持仏堂。土蔵造平屋の宝形造で向拝を付け、銅板の屋根に宝珠を戴く。内部は3畳の拝所と仏壇構えに分かれる。屋敷の奥にあり、通りからは見えず非公開。
森田家住宅旧米蔵は、あきる野市小川にある江戸末期の土蔵造2階建の大型米蔵。長さから「ハチケン」と呼ばれ、1996年に改修されて懐石料理店「燈々庵」となった。構造材は当初のものが多く残り、食事客は内部に入れる。
東京都あきる野市小川の森田家住宅主屋は、江戸末期の木造平屋の大型民家。総ケヤキ造の唐破風式台玄関と2列3室の間取りを持ち、平成25年(2013年)に国の登録有形文化財となった。内部は非公開で、外観は門越しに見る。
森田家住宅西蔵は、あきる野市小川の主屋の西に建つ江戸末期の土蔵造2階建の家財蔵。観音扉と大戸の重なる東の戸口を持ち、部屋いっぱいの棚と2階の棚の墨書が当初のものと見られている。屋敷の内側にあり、内部は非公開。
森田家住宅前の蔵は、あきる野市小川の屋敷の南東隅に建つ土蔵造2階建。嘉永5年頃の建築で1983年に移築され、南面に鳥居枠と土扉付きの窓が上下2段に並ぶ。外観は睦橋通りの歩道からよく見え、内部は非公開。
森田家住宅見世蔵は、あきる野市小川に嘉永5年(1852年)に建てられた土蔵造2階建の店蔵。道路側に揚戸を立てた板敷のミセを持ち、現在は甘味茶房「見世蔵久森」として営業し、予約なしで誰でも内部に入れる。平成25年登録。
森田家住宅味噌蔵は、あきる野市小川の前の蔵の後ろに建つ江戸末期の土蔵造平屋。漆喰壁の戸口に額縁を象り、深い庇の置屋根をかける。近世の屋敷構えを伝え、現在も食料品の貯蔵に使われる。屋敷の内側にあり、内部は非公開。
森田家住宅門は、あきる野市小川の主屋正面に構える江戸末期の一間薬医門。切妻造銅板葺で左右に袖塀、東側に潜戸を持ち、本柱や冠木にケヤキの良材を使う。見世蔵・板塀と表構えをつくり、外観は睦橋通りから見られる。
森博士の家は東京都文京区本駒込にある昭和26年(1951年)の木造平屋の小住宅で、登録有形文化財。建築家清家清の設計で、簡素な材料と間取りの中に、建具を介した自由な空間構成と機能美をもつ清家の初期の代表作である。
安与ビルは東京都新宿区新宿の新宿東口に建つ昭和43年(1968年)の鉄骨鉄筋コンクリート造9階建のビルで、登録有形文化財。竪格子のルーバーを付けた八角形を各階で角度を変えて積む外観をもち、谷口吉郎の円熟期の逸品とされる。
祐天寺表門は駒沢通りに面した明治前期の高麗門。冠木と棟木の間に竪格子をはめて丈を高め、左右に潜戸を備える。文化14年建立説と文化庁の年代の違い、竪格子や控柱など門の見どころ、閉門時の潜戸からの通り方を紹介する。
祐天寺地蔵堂は天明8年(1788年)建立、寛政12年に後方を増築した地蔵菩薩の堂。外陣の格天井に江戸町火消の各組の纏を描く。「開山本地堂」の扁額の意味と、前後で形の違う屋根の見方、堂内の公開状況を紹介する。
祐天寺地蔵堂門は地蔵堂の前に西面して建つ江戸末期の薬医門。天井の鏡板に町火消の纏7種を陽刻し、妻飾りでは邪鬼が化粧棟木を支える。寺の13世祐興の代に建てられたこの門の、下から見上げる見どころと見学方法を紹介する。
祐天寺書院は明治27年の火災後に建てた庫裏を転用した明治28年の書院。南庭に面して座敷を連ね、東端の座敷に大振りの床と違棚を構える。都内では数少ない大規模書院の遺例として登録された。外から見える北側の正面と、見学の条件も紹介する。
祐天寺鐘楼は6代将軍家宣の正室天英院が寄進した享保14年(1729年)の鐘楼。三斗組や笈形付大瓶束に江戸中期の意匠を残し、平成30年に造形の規範として登録された。戦時の金属供出を免れた梵鐘の来歴も紹介する。
祐天寺本堂は、万延元年(1860年)の将軍家御霊殿を明治27年の火災後に曳き移し、外陣と内陣を足して完成した本堂。前後で形の違う屋根に江戸・明治・大正の3つの時代が重なる。登録の経緯と、屋根の読み方、堂の前での参拝方法を紹介する。
祐天寺水屋は本堂と仁王門の間に建つ弘化3年(1846年)の水屋。わずか3平方メートルに内転びの柱と三斗組、ケヤキの板支輪を備え、折上天井の中央に竜の丸彫りを飾る。龍眠が揮毫した水盤の「浄水」の文字も見どころ。
私の家(清家清自邸)は東京都大田区東雪谷にある昭和29年竣工の鉄筋コンクリート造平屋建住宅で、平成29年に「造形の規範となっているもの」として登録有形文化財となった。床高15センチの一室に移動畳が置かれる。
和朗フラット四号館は東京都港区麻布台の私道に東面する昭和11年築の木造二階建アパートで、平成31年に登録有形文化財となった。八戸はいずれも間取と開口が異なり、全戸に南窓を確保するため正面が波打つ。現役の賃貸住宅である。
青木家住宅主屋は徳島県美馬市にある大正4年(1915年)の木造2階建の住宅。入母屋造の大屋根の四方に庇を付け、壁を鼠漆喰で仕上げる。平成10年(1998年)に「造形の規範」として登録有形文化財となった。