福井県の史跡名勝天然記念物
福井県 · 史跡名勝天然記念物
福井県三方上中郡若狭町にある前方後円墳である。封土は三段に築かれ北を向き、長さ約45間、後円部の径約28間、高さ約18尺とされる。墳丘の上は畑、濠の跡は水田になった。昭和10年(1935年)に史跡に指定された。
福井県美浜町の興道寺廃寺跡は、7世紀後半に若狭の有力氏族が建てた古代寺院の跡。継続発掘で金堂・塔・講堂・中門・南門の基壇が見つかり、創建から10世紀の廃絶までの伽藍の変遷が判明した。2018年に国史跡に指定。
福井県敦賀市、大原山の斜面を生かした築山林泉式の名勝庭園。江戸中期の作で、中腹の石組を阿弥陀三尊、流れる清水を白道、点在する岩を二十五菩薩に見立て、来迎の浄土を地上に表す。紅葉に染まる11月中旬が見頃。
福井県南越前町の杣山に築かれた中世の山城跡。鎌倉末期に瓜生氏が築き、南北朝期には越前の南朝方の拠点となった。『太平記』にも登場し、新田義貞も立てこもる。標高492メートルの本丸跡や御殿跡、山麓の居館跡が残り、国の史跡に指定されている。
福井県敦賀市松島町にある国指定史跡。元治元年に尊王攘夷を掲げて挙兵した水戸天狗党は、上洛の途上、敦賀で降伏した。翌年353名が刑場で斬首され、その遺骸を葬った塚がこの墓所である。15基の墓碑が西を向いて並ぶ。
福井県若狭町脇袋、膳部山のふもとに並ぶ三基の王墓の中央に位置する全長約七〇メートルの前方後円墳。五世紀末の築造で、若狭を治めた膳臣一族の首長墓と考えられ、昭和一〇年に上中古墳群として国史跡に指定された。
大永2年(1522)に若狭守護武田元光が小浜湊の背後の後瀬山に築いた山城。本丸跡には愛宕神社が祀られ、野面積の石垣や段状に連なる曲輪、西斜面の畝形竪堀が残る。京に近い良港を押さえた若狭武田氏の本城跡である。
若狭国分寺跡は、福井県小浜市国分にある奈良時代の若狭国の国分寺の跡で、昭和51年に国の史跡に指定された。中門・金堂・講堂が中軸線上に並び、各堂宇は小規模ながら遺存度が良好で、学術的価値が高い。