旧内山家住宅米蔵とは

旧内山家住宅米蔵は、福井県大野市城町10-7にある明治15年(1882年)頃建築の土蔵造平屋建の蔵で、平成30年(2018年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「きゅううちやまけじゅうたくこめぐら」。

旧内山家住宅米蔵は屋敷の南西の隅、道に面した角地に建つ。切妻造の桟瓦葺で、建築面積は30㎡。北側には衣装蔵が接している。平成5年(1993年)に解体復元の改修を受けた。

角地に立って町並みをつくる

旧内山家住宅米蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財になった。文化庁は、道路に面した敷地の角にあって旧家の表構えを形づくり、歴史的な街路の景観をつくっていると評価している。

敷地の角は、屋敷の輪郭がもっとも目に付く場所である。そこに白壁の蔵を据えることで、道を行く人にも屋敷の広がりがはっきりと伝わる。旧内山家住宅米蔵は、屋敷の外側に向けた顔の役を担う建物だ。

平屋の蔵と頬杖の軒

旧内山家住宅米蔵は、屋敷の蔵のなかで唯一の平屋建である。外壁は漆喰で仕上げ、下部に腰板を張る。深い軒は頬杖で支えている。

出入口は西の妻面にあり、そこに下屋を掛ける。妻面の中央には窓を開けている。平屋で背を低く抑えた分、軒の出の深さと頬杖の並びが、外から見たときの表情を決めている。

頬杖で軒先を支えるつくりは、大野市が衣装蔵とともにこの地方独特のものとして紹介している。雪の多い土地で軒を深く出し、その先端を斜めの材で下から受ける。実用から生まれた形が、角地の景観を印象づけている。

旧内山家住宅米蔵の見どころと見学

旧内山家住宅米蔵は、屋敷の外の道からでも角の姿を眺められる。少し離れて眺めると、角を占める蔵が屋敷の表構えの端をどう締めているかがよく分かる。屋敷のなかに入ったら、西の妻面で下屋の掛かった出入口と中央の窓、軒下の頬杖を近くで確かめたい。

内部が公開されているかは公式の案内で確認できなかった。撮影の可否とあわせて受付で尋ねてほしい。屋敷の開館日と入館料は旧内山家住宅(大野市)のページにまとめてある。

Q&A

Q旧内山家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは明治15年(1882年)頃の建築で、平成5年(1993年)に改修されています。
Q旧内山家住宅米蔵が登録有形文化財になった理由は何ですか?
A道路に面した敷地の角で旧家の表構えを形づくり、歴史的な街路景観をつくっていることから、平成30年(2018年)に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。
Q旧内山家住宅米蔵はどこにありますか?
A屋敷の南西の隅、道に面した角地に建ち、北側に衣装蔵が接しています。
Q旧内山家住宅米蔵の構造は?
A土蔵造平屋建、切妻造桟瓦葺で、建築面積は30㎡です。外壁は漆喰仕上げに腰板張りで、深い軒を頬杖で支えています。
Q旧内山家住宅米蔵は屋敷の外から見られますか?
A道に面した角に建っているので、外の道から外観を見ることができます。出入口のある西の妻面などは入館して見るのが確実です。

基本情報

名称旧内山家住宅米蔵
所在地福井県大野市城町10-7
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法建築面積30㎡(土蔵造平屋建)
所有者大野市
公開状況外観は道から見学可(屋敷内は武家屋敷旧内山家として有料公開)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧内山家住宅米蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012327
文化遺産オンライン 旧内山家住宅米蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/567931
大野市 武家屋敷旧内山家 施設紹介
https://www.city.ono.fukui.jp/kosodate/bunka-rekishi/hakubutsukan/kanko/uchiyamake/uchiyamake-1.html

最終更新日: 2026.09.30