明治の煉瓦塀が、いまも電気を見守っている
長良川鉄道の湯の洞温泉口駅から徒歩で数分。長良川がゆるくカーブする斜面に、高さ1.2メートルの煉瓦塀が静かに伸びている。中部電力長良川発電所の外塀である。平成12年(2000年)12月4日に登録有形文化財(建造物)として登録された。
塀の向こうには、明治43年に竣工し、いまも稼働する現役の水力発電所が建つ。煉瓦と玉石でつくられたこの低い塀は、日本が電気を本格的に使い始めた時代の、現場の手触りをそのまま残している。
外塀ができるまでの経緯
長良川発電所は、長良川流域で最初に建設された水力発電所である。最初に計画を立てたのは、岐阜県恵那郡の旧岩村藩士・小林重正だった。京都の琵琶湖疏水を利用した蹴上発電所を見学したことに刺激を受け、長良川と飛騨川を自ら調査して回ったという。武儀郡洲原村大字立花、すなわち現在の美濃市立花が最も発電に有利だと結論し、明治30年(1897年)に岐阜水力電気株式会社が官庁の許可を取得する。
ところが日清戦争後の不況で計画は止まり、許可は名古屋電灯株式会社へと引き継がれる。再起動の立役者となったのが、シーメンス日本営業所に在籍していた野口遵だった。彼は名古屋電灯に計画を持ち込み、ドイツ製のフォイト水車・シーメンス発電機を中核に据えた建設を進めた。最終的に発電所が完成したのは明治43年(1910年)2月。最初の電気は約52キロメートル離れた名古屋市まで送電され、開催中だった関西共進会場のイルミネーションを灯したと伝わる。
外塀は、この発電所建設の一環として整備されたものである。以後百年余にわたり、補修を重ねながら現在の位置に立ち続けている。
なぜ「外塀だけ」が文化財に
長良川発電所では、本館や正門、関連する水路橋など九件の構造物が登録有形文化財として個別に登録されている。外塀もそのひとつで、本館とは別に独立した文化財として位置づけられている。
注目すべき要素は三つある。まず基礎は玉石積みで、上下を切石の帯石で挟むことで端正な水平の枠取りができている。その上に積まれた煉瓦は、長手と小口を一段ごとに交互に置く「フランス積み」。これはフランスやフランドル系の技術者の影響を受けた明治期の煉瓦造に多く見られる積み方である。さらに塀の長手方向には合計5本の控壁が等間隔に立ち、横方向の力に対する補強としている。
規模は決して大きくないが、設計の意図は明確で、施工も丁寧だ。本館や水路橋とともに、平成19年(2007年)には経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定されている。
現地で見たいポイント
外塀は、立ち止まって眺めるよりも、敷地の周りを歩きながら読んでいくほうがおもしろい。出発点として向いているのは正門だ。正門自体が別途文化財に登録されており、名古屋電灯の旧社章が門に意匠として残っている。そこから塀沿いに公道を進むとよい。
歩きながら、控壁の上を煉瓦の段がどう通過しているかを確かめてみたい。フランス積みは少し斜めから見ると、長手と小口が市松状に切り替わるリズムが見えてくる。発電所の水路橋に使われているイギリス積み(長手だけの段と小口だけの段を交互に積む方式)と並べて比べると、両者の違いが直感的に理解できる。煉瓦の表面は補修の過程で塗装が施され、当初の発色と白い目地ラインが回復しているので、築100年を超えた構造物としては鮮やかな印象を受ける。
発電所の敷地内には立ち入れないが、本館・水圧鉄管・展示されている明治期のドイツ製水車などは、公道から十分に観察できる。中部電力が地域の「長良川おんぱく」などのイベントに合わせて構内見学を企画することもあるため、訪問前に最新情報を確認しておくとよい。
あわせて訪ねたい周辺
長良川鉄道の湯の洞温泉口駅から外塀まで徒歩約4分。周辺には、同じ発電所関連の文化財や、美濃市らしい観光資源が集まっている。
- 湯之洞谷水路橋 ― 全長62メートル、幅8メートル、煉瓦及びコンクリート造の充腹5連アーチ橋。発電所の導水路を渡す構造物で、外塀から少し上流側へ歩いた山道沿いにある。同じく登録有形文化財。
- 日谷水路橋 ― 鉄筋コンクリート造に赤煉瓦を貼った5連アーチ橋。中部地方では最初期のRC構造の橋として知られる。
- 洲原神社 ― 旧洲原村の名のもととなった地域の鎮守。発電所の下流側、長良川沿いに位置する。
- うだつの上がる町並み ― 美濃市の中心部にある、江戸期の城下町から続く重要伝統的建造物群保存地区。和紙問屋の旧今井家住宅や、酒造の旧小坂家住宅(重要文化財)が残る。
- 美濃和紙の里 ― ユネスコ無形文化遺産に登録された「本美濃紙」を体験できる工房や、美濃和紙の里会館がある。
Q&A
- 発電所の敷地内には入れますか。
- 入れません。長良川発電所は現役で稼働中の水力発電所であり、敷地内は立入禁止です。外塀、正門、本館の外観、水圧鉄管、屋外展示されている明治期の水車などは、公道側から見学できます。
- 「フランス積み」とは何ですか。
- 同じ段の中で長手(煉瓦の長い面)と小口(短い面)を交互に並べる積み方です。フランドル積みとも呼ばれ、明治期にフランス系の技術者が指導した建造物に多く見られます。発電所の水路橋に使われているイギリス積みと、塀のフランス積みを見比べると、両者の違いがはっきり分かります。
- 見学に料金はかかりますか。
- かかりません。外塀は公道沿いに立っており、自由に見学できます。ただし敷地内は立入禁止ですので、公道から外に出ないようにご注意ください。
- 発電所はいまも動いているのですか。
- 動いています。現在は中部電力株式会社が運営しており、昭和56年(1981年)に全面改修されたあとも稼働を続け、最大出力は4,800キロワットです。当初のフォイト製水車・シーメンス製発電機は引退しましたが、1組は構内に保存・展示されています。
- 内部見学のツアーはありますか。
- 地域の観光イベント「長良川おんぱく」などに合わせて、不定期に内部見学が行われることがあります。点検・修理の都合で中止になる場合もあるため、内部見学が目的の場合は事前にイベント情報を確認してから訪問することをおすすめします。
基本情報
| 名称 | 長良川発電所外塀(ながらがわはつでんしょ がいへい) |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県美濃市立花字木の末844-1-1-1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成12年(2000年)12月4日 |
| 時代 | 明治/発電所本体と同じく1910年(明治43年)に完成 |
| 構造・規模 | 高さ1.2m。帯石でかたどられた玉石積壁に、5本の控壁を有するフランス積の煉瓦塀が載る |
| 所有者 | 中部電力株式会社 |
| 交通アクセス | 長良川鉄道「湯の洞温泉口駅」から徒歩約4分 |
| 見学 | 外観のみ。公道から自由に見学可(料金不要)。発電所敷地内は立入禁止。 |
| その他の認定 | 平成19年(2007年)経済産業省「近代化産業遺産」認定 |
参考文献
- 文化遺産オンライン 長良川発電所外塀
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/139311
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002249
- 美濃市 長良川発電所本館他8件
- https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1174.html
- Wikipedia 長良川発電所
- https://ja.wikipedia.org/wiki/長良川発電所
- 美濃市観光協会
- https://minokanko.com/
最終更新日: 2026.05.16