洲原神社ブッポウソウ繁殖地 ― 三宝鳥の声が響いたと伝わる聖なる森へ

岐阜県美濃市、長良川の上流域にひっそりと佇む洲原神社の社叢は、日本の自然史において特別な位置を占める神聖な森です。ハトよりやや大きく、青緑色の体に紅色のくちばし、白い斑点を翼に光らせる美しい夏鳥「ブッポウソウ」の繁殖地として、昭和10年(1935年)に国の天然記念物に指定されました。古来この森には「仏・法・僧」と仏教の三宝を唱えるかのように響く神秘の鳴き声が伝わり、人々を魅了し続けてきました。しかし、その伝承の真相は、日本の自然史上最もロマンティックな「取り違え事件」として、今も語り継がれています。

民俗信仰、鳥類学、そして悠久の神道の伝統が交わるこの場所は、観光地化された定番ルートから少し離れて、静寂の中で日本文化の深層に触れたい旅人にとって、忘れがたい目的地となるはずです。

歴史的背景 ― 「三宝鳥」の謎

千年以上にわたり、日本人は森の奥から響くある神秘的な鳴き声を、「ブッポウソウ」と聞きなしてきました。その音声は「仏・法・僧」、すなわち仏教の三宝を意味し、霊鳥として崇められてきたのです。社叢の奥からこの声が聞こえることは、神聖なものとの邂逅と理解され、別名を「三宝鳥(さんぽうちょう)」とも称されました。空海(弘法大師)の著作にもこの鳥への言及があり、その霊妙な声は古来歌にも詠まれてきました。

こうした背景のもと、昭和初期に日本政府はブッポウソウの繁殖地として知られた場所を文化財として保護する方針を打ち出しました。洲原神社の社叢もそのひとつとして特定され、昭和10年(1935年)6月7日、約120ヘクタールの区域が国の天然記念物に指定されたのです。

ところが、まさにその同じ年に、千年来の常識を覆す驚きの発見がもたらされました。昭和10年6月、NHKが愛知県の鳳来寺山から実況放送を行い、神秘の鳴き声を全国に届ける試みが行われました。電波に乗って届けられた声と、実際に籠の中で鳴いていた鳥とを照合したところ、人々が信じてきた「ブッポウソウ」の鳴き声は、青緑色の美しい鳥のものではなく、夜行性の小さなフクロウ「コノハズク」のものであったことが判明したのです。古来人々は、姿の鳥と声の鳥という、まったく別の二種を混同していたのでした。

この発見以降、両者を区別するため、「姿のブッポウソウ」(昼行性の青緑色の鳥)と「声のブッポウソウ」(夜行性のコノハズク)という呼び名が使い分けられるようになり、今日に至っています。

なぜ国の天然記念物に指定されたのか

ブッポウソウ(学名 Eurystomus orientalis)は東アジアから南洋にかけて広く分布する鳥ですが、日本では古来比較的稀な種でした。洲原神社の社叢は、ブッポウソウ繁殖地として国に指定された全国でもわずか四ヶ所のうちのひとつであり、他の三ヶ所は宮崎県の狭野神社(昭和9年指定)、長野県の三岳(昭和10年指定)、山梨県の身延町(昭和12年指定)です。

昭和10年の指定原文には「佛法僧ハ其鳴聲佛、法、僧ノ三寶ヲ唱フトセラレ一名三寶鳥トイフ東亜及南洋ニ廣ク分布スルモ本邦ニ於テハ比較的稀ナリ前記ノ三ヶ所ハ佛法僧ノ蕃殖地トシテ古來顯著ナルモノナリ」と記されており、生態的な希少性とともに、文化的な敬意の双方が指定の根拠となっていたことが読み取れます。鳥を守ることは、その生息基盤である森を守ることと不可分であり、樹洞をつくる古木のある神社の社叢こそが、この鳥の繁殖に欠かせない環境だったのです。

ブッポウソウの繁殖には、樹洞のある背の高い成熟した樹木、豊富な大型飛翔昆虫、そして静かな環境という三つの条件が揃う必要があります。洲原神社の数百年にわたって守られてきた社叢は、近代的な自然保護思想が生まれるはるか以前から、神道の鎮守の森の伝統によってこの環境を維持し続けてきました。

姿のブッポウソウ ― その美しき容姿

ブッポウソウは目を見張るほど美しい鳥です。体の大きさはハトよりわずかに大きく、頭部は黒褐色、背中と腹は深い青緑色に輝き、くちばしと脚は鮮やかな紅色をしています。飛翔時に翼を広げると、暗い羽根に白い斑点が銀貨のようにきらめき、英語名の「ダラーバード(Dollarbird)」の由来となっています。昼間に高い木の枝から飛び立ち、空中で甲虫やトンボ、セミなどの大型昆虫を素早く捕らえる姿は、まさに森の宝石と呼ぶにふさわしいものです。

5月に東南アジアから日本に渡来し、6月には巨木の洞穴に営巣して産卵、抱卵します。7月に孵化し、9月末頃には家族そろってジャワ島やスマトラ島など南方の越冬地へと旅立ちます。その実際の鳴き声は、伝承の優雅な詠唱とはほど遠く、「ゲッゲッゲッ」という濁った濁声であり、これがコノハズクとの混同を裏付けることにもなりました。

現在の繁殖地 ― 訪れる価値のある森として

残念ながら、近年では洲原神社でブッポウソウの姿を確認することは非常に難しくなっています。神社裏に国道156号が開通したことで、かつての静寂が交通騒音に脅かされ、指定当時に繁殖していた個体群は大きく減少してしまいました。ブッポウソウは現在、絶滅危惧種として保護対象に位置づけられています。

とはいえ、この指定地は今もなお、多くの人を惹きつける場所であり続けています。社叢そのものが岐阜県の天然記念物にも指定されており、杉や広葉樹の巨木が織りなす聖堂のような森の空気は、長年渡り鳥を呼び寄せ、日本の最も神聖な風景を形づくってきたものです。

洲原神社自体も注目すべき神社です。社伝によれば養老5年(721年)、白山開山の祖として名高い泰澄によって建立され、全国49社ある洲原神社(須原神社)の本山として、また白山信仰の前宮として、白山中居神社、長瀧白山神社とともに古来篤い崇敬を集めてきました。江戸時代初期に再建された三棟の本殿(中央本殿・東本殿・西本殿)は岐阜県の重要文化財に指定されており、拝殿、舞殿、楼門は美濃市の文化財として保護されています。

参拝のご案内

洲原神社へのアクセスは公共交通機関で容易です。長良川鉄道越美南線の洲原駅から神社までは約400メートル、徒歩5分ほどで到着します。長良川渓谷を縫うように走る長良川鉄道の旅そのものが、中部地方屈指の美しい川景色をめぐる体験となるでしょう。

境内は通年無料で開放されており、長良川に面して建つ社殿の正面には、川中に浮かぶ「神岩」と呼ばれる神聖な巨岩を望むことができます。鳥居をくぐり、石造りの太鼓橋を渡って参道を進む静謐な空間は、豊作・厄除け・夫婦和合・子授けのご利益を求める参拝者を今も惹きつけ続けています。「お洲原さん」「洲原大神様」として親しまれ、御砂や田畑札を求めて遠方から代参者が訪れる風習も残ります。

ブッポウソウの飛来時期は5月下旬から8月までですが、現在では目撃は極めて稀です。多くの参拝者は、神社建築、太古の社叢、そして長良川の静かなほとりという景観そのものを目当てに訪れています。

周辺の見どころ

洲原地区は名高い長良川の上流域に位置し、周辺には立ち寄る価値のある名所が点在しています。美濃市の市街地は、ユネスコ無形文化遺産にも登録された伝統工芸「美濃和紙」の里として知られ、江戸時代に和紙商人たちが築いた防火構造の邸宅が今も残る「うだつの上がる町並み」が保存されています。美濃和紙の里会館や歴史的な町並みの散策は外せません。

近隣の鹿苑寺地蔵堂(六角堂)は国の重要文化財であり、洲原神社とあわせて訪ねるのに格好の組み合わせです。長良川鉄道をさらに北上すれば、清流と夏の郡上踊りで名高い城下町・郡上八幡へとつながります。長良川は日本三大清流のひとつとして讃えられ、下流の岐阜市では古都の伝統を伝える鵜飼の実演を季節ごとに楽しむこともできます。

Q&A

Qブッポウソウとはどのような鳥で、なぜそんな宗教的な名前なのですか。
Aブッポウソウ(仏法僧)は青緑色の体に紅色のくちばし、白い翼の斑点が美しい夏の渡り鳥で、英名は「オリエンタル・ダラーバード」です。古来「ブッ・ポウ・ソウ」と聞こえる鳴き声がこの鳥のものとされ、「仏・法・僧」という仏教の三宝を唱えるとされたことから、この名がつきました。昭和10年に実際の鳴き声の主は別の鳥(コノハズク)であることが判明しましたが、名前はそのまま残り、両者を区別するため「姿のブッポウソウ」と「声のブッポウソウ」と呼び分けられるようになりました。
Q現在、洲原神社でブッポウソウを実際に見ることはできますか。
A残念ながら、近年では目撃は非常に稀になっています。神社の裏に国道156号が開通して以降、交通騒音の影響もあり、繁殖個体群は大きく減少しています。訪問の際は、確実な野鳥観察スポットというよりも、本種の歴史的・文化的重要性を伝える保護地として、その意義を感じる場所だとお考えください。
Qいつ国の天然記念物に指定されたのですか。
Aこの繁殖地は、昭和10年(1935年)6月7日に国の天然記念物に指定されました。全国でも国指定のブッポウソウ繁殖地はわずか四ヶ所で、他には宮崎県の狭野神社、長野県の三岳、山梨県の身延町があります。
Q主要都市から洲原神社へはどのように行けばよいですか。
A名古屋からはJR東海道本線で岐阜駅まで行き、JR高山本線で美濃太田駅へ乗り換え、そこから長良川鉄道で洲原駅まで向かいます。神社は駅から徒歩約5分(約400メートル)です。所要時間はおよそ2時間半で、長良川渓谷の美しい車窓も楽しめます。
Q神社の周辺で他に見どころはありますか。
Aはい、美濃市一帯には豊かな文化財が点在しています。江戸時代の和紙商人の繁栄を伝える「うだつの上がる町並み」は風情ある散策路です。美濃和紙はユネスコ無形文化遺産にも登録されています。国の重要文化財である鹿苑寺地蔵堂(六角堂)も近くにあり、また長良川沿いには温泉やアクティビティ、さらに上流には名高い城下町・郡上八幡もあります。

基本情報

名称 洲原神社ブッポウソウ繁殖地(すはらじんじゃぶっぽうそうはんしょくち)
指定区分 国指定天然記念物(昭和10年6月7日指定)
指定面積 約120ヘクタール
所在地 岐阜県美濃市須原
保護対象種 ブッポウソウ(学名:Eurystomus orientalis、英名:Oriental Dollarbird)
繁殖時期 5月~9月(5月に飛来、9月末に東南アジアへ渡去)
アクセス 長良川鉄道越美南線 洲原駅から徒歩約5分(約400メートル)
拝観料 無料、境内は通年開放
近隣の指定文化財 洲原神社本殿三棟(岐阜県重要文化財)、洲原神社社叢(岐阜県天然記念物)

参考文献

洲原神社ブッポウソウ繁殖地 - 美濃市公式ホームページ
https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1091.html
洲原神社ブッポウソウ繁殖地 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/205423
国指定文化財等データベース - 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1268
洲原神社 - 岐阜県観光情報
https://gifu.mytabi.net/suhara-shrine.php
ブッポウソウ保護回復事業計画 - 長野県
https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/buppoussou.pdf
洲原地区の文化財 - 美濃市
https://www.city.mino.gifu.jp/docs/1258.html

最終更新日: 2026.05.05